最終話 これから

(そうか……ナイアスちゃんが私を択んだ本当の意味が、今ならわかったかも。

 本当にそうなる確信は、彼女にだってなかったかもしれない――だけど、救ってほしかったんだ、結界に囚われた妖精たちの骸を、この呪いから)


『ごめんなさい、金華様。

 ここで私の力を本格的に発揮するには、金華様のお身体に触媒となっていただかなければならないんです』

「構わないよ――このくらい、大したことじゃない。

 これでみんなが救われるなら、安い負担でしょ。

 それ以上に色んなものを、あなたから預かってるんだから」

「結界の妖精の力を、ナイアスが共鳴して表出させ、それをエトレーヴェが吸い尽くす。おおよそ二百年の障壁、ね……」


 これを壊すということは、巨人だけの問題ではなく、無論周辺の共同体ないしある種国家間の均衡を奪うということにもほかならない。

 主を喪ったエルフたちと巨人たちは、それぞれに新たな選択を迫られるだろう、ヤシャと呼ばれたそれが、彼らの世界を壊してしまったのだから。


「……俺は結局、壊すことでしかその先を紡げない」


 雫は掻き消えた結界の向こうへ、残る四機の離脱を援護する。



 少年は目覚めると、自分と同じ顔の青年を見上げていた。


「な、……んで」

「見えているか?

 最初はあまり、強い光を見ない方がいい。

 身体を張って、ワタリを守ったそうじゃないか」

「ワタリって」

「きみといた、少女の名前だ」

「僕は、連れ出されて、引っ張りまわされてただけだ。

 あ、あいつは無事なのか?」

「持病ですっかり弱っちゃいるけど、なんとかな」

「あんたが俺を、見えるようにしたのか」


 雫は頷く。


「視神経は正常だが、精霊の視覚器官はやや特殊らしい。

 体内に有するエレメントの総量と循環が充たされれば、これまで未発達だった他の臓器もきちんと機能するようになる」

「――」

「あの子が、お前を待っている」



 担架で運ばれていた少女は、近づいてきた少年の袖を引いて、雫に訊いた。


「シズクにぃ、この子私が貰っていい?」

「おー好きにしな、俺に許可取るまでもないよ」

「はっ!?」


 慌てふためく少年の脇腹を、雫はつつく。


「ま、うまくやりなよ。せいぜい愛想尽かされないように、頑張れ。

 俺よりこの子の兄のが面倒だから」

「えぇ……」


 彼は後ろ手を振って、その兄の方へやがて向かっていった。

 コウは、遠い目でそれらを見やっている。


「ワタリは、強くなったな。

 あんな一面があったなんて、知らなかった。兄失格か」

「――、これからどうする。

 どうなると、想う」

「さぁな。エルフ郷を中心に巡っていた額縁市の交易は転換を迫られ、切原さんならあるいは本当に市長や課長を更迭してしまうんだろうね。幻獣対策課や市の直下で動いていた実行部隊は、いずれ辞令がくだるかもしれない。なにも終わってない、始まってすら……いまはワタリとあの少年が、まっとうに過ごせる居場所を作ろうと想う。もう大人たちに利用されるんじゃなく、俺たちが大人としての責任を果たさなきゃ、ならないんだろう」

「できるのか?」


 コウは首を横に振った。


「これからも沢山のひとの力が必要になる、それだけは言える。

 なんにせよ、もう逃げない――お前には、見届けて欲しい」



 ―了―

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原罪のオトシゴ。 ―妖骸星鴉エトレーヴェ― 手嶋柊。/nanigashira @nanigashi

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