“魔女”の微笑み、“剣士”の憂鬱

瑞祥さがと

“魔女“の微笑み、”剣士”の憂鬱

「どうしてそんな格好してるんだ?」


 先の曲がったとんがり帽子と、黒いワンピース

姿のセスタは、全身鎧の同じくらいの背の子に、

問われた。

 なんでこんなこと聞いてくるんだろう?

 村のみんなには、一度だって聞かれたこと

ないのに! 初めて会ったのに失礼なやつ!

「そんなの決まってる。この格好してなきゃ

 “魔女”に見えないからだよ」

 

 男の子の“魔女”セスタがぷんぷんしながら

答えると、

「じゃあ、オレと一緒だ」

 

 その子が被っていた兜を脱ぐと、見事な金髪の、

綺麗な髪が肩まで流れた。緑色の澄んだ目と視線が

ぶつかってセスタは気づいた。


 女の子!?

「シャスティナだ。シャスって呼んでくれ」


 言って彼女は微笑んだ。


 一目惚れだった、と思う。



「シャス!」

「まかせろ! セス!」

 炎の魔法で大きな猪を焼いたセスタが

振り返ると、シャスティナが飛び出して、

トドメを刺した。


 あれから10年。

 セスタとシャスティナは、よく組んで村の

近辺の害獣退治をしていた。

 大きな国の片田舎。名産らしいものも無く、

慎ましく農家や猟師で暮らす人々。

 でも、もうみんな高齢で、だんだん生きるのが

大変になっていっている。

 幸いなことに男の“魔女”セスタの作る薬は

村の皆に好評で、仕事にはこと欠かない。

 そんな彼にはいつも女“剣士”シャスティナが

ついていた。


「これからどうする?」


 早々に捌いた猪の血を頬に付けたまま、

シャスティナが聞いてくる。

「フィア婆ちゃんに薬を届けに。

 ……シャス、頬に血がついてる」

 

 セスタは懐から布を出して、血を拭ってあげた。

 シャスティナは大層驚いたようで、かなり、

距離を取られてしまった。

「セスのものが血で汚れてしまう」

「気にしないでよ。シャスは捌くのだけ、

 上手にならないね」

「セスは料理の下ごしらえが上手いからな」

 

 フッと笑い、シャスティナはセスタの側に

戻ってくる。

 そのことにセスタが安心していると、

 シャスティナは作業を再開した。

 肉の塊になった猪を手早く切り分け、

小さい塊にし、殺菌作用がある葉で

それを包んでゆく。

 その葉のことは、昔、セスタが教えたものだ。

「シャス、覚えてたの?」

「セスが教えてくれたことだからな」

 

話してる内に作業は終わったようだ。

「皆、ごちそうだと喜ぶな」

 

 シャスが一番嬉しそうだ、とセスタが笑って

いると、ばちりとシャスティナと目が合う。

 彼女は何だか少し、苦しそうだった。

 気になりはしたが、セスタは一瞬だったので

すぐ忘れてしまったのだが。

 


 翌日。

王都から来た、貴族の青年がシャスティナの

家に入って行ったという。


 小さな村だ。

 ちょっとした日々の変化は噂の種になる。

 ああ見えてシャスティナは年頃だから、

求婚されただの、剣士としての腕を買われて

護衛にスカウトされただの、と皆言いたい放題

だった。

 男の“魔女”セスタは急に不安になってしまい、

珍しく薬を作るのに失敗してしまった。

 また、一から材料を集めなければならない。

 けれど、材料があるのは、魔物も出る森の中。

 いつもなら、シャスティナに護衛を頼むところ

だが、今日は……。

 

 とにかく、とセスタは気を取り直して、

失敗した薬を捨てに家の裏口から、外に出る。

 すると、そこにいたのは兜を外した

シャスティナだった。

 セスタが持っている大鍋の中身を見て、

その禍々しい色に顔色を変える。

「セス、どうしたんだ? 君が薬を作るのに

 失敗するなんて」


 まさか、シャスのことを考えていたら、

なんて言えなくて、セスタはとっさに

「ちょっと調子が悪かっただけ」


と、誤魔化した。

すると、シャスティナは、

「調子が悪い?」


 慌てて、セスタの額に手を当てた。

「大丈夫だから」


 何かを言いかけたシャスティナは、

そのまま、少し黙ったあと。

「すまない。熱がないんならいいんだ」


 鍋を運ぼう、と、セスタから大鍋を引き取って、

失敗した薬を捨てる穴に中身を流し込んだ。

 セスタは、しばらく穴を覗き、何も変化が

ないことを確認してから、シャスティナに礼を

言った。

「大したことはしていないが、セスの役に

 立てたならよかった」


と、微笑む。

 この笑顔は、昔から変わらないな、と

セスタはほっと息を吐いた。

 


 更に翌日。

 王都から来た貴族の青年が、セスタを

訪ねてやって来た。

 青年は名乗りもせずに、開口一番。

「君、王都へ来ないか?」


と、セスタを誘ってきた。

 驚いたセスタはそのまま、ドアを閉めて

しまった。

「つれないな。魔女殿は奥ゆかしいのかな?」


 外でそんなことを言っている。

「まず、名乗ってもらえませんか? 

 名前も知らない相手を、家に上げる

 ことなど出来ません」


「これは失礼した。私はスナク・ウィーツ。

 王都で名を馳せるウィーツ将軍の三男で……」


 そこから謎の自慢話が続き、セスタは

どこまでちゃんと聞いていいのか、判断が

つかなくなってしまった。


「あの、ご要件は何でしょうか?」

 話が少し途切れた隙を狙って、セスタは

恐る恐る聞いてみた。

「そうだった! 魔女殿、共に王都へ

 行かないか? 君の作る薬ならきっと……!」


「こんなところにいたのか、スナク殿」


 聞き覚えのある声に、セスタは思わず、

ドアを開けた。


 ところが、シャスティナとスナクはもう、

セスタの家から立ち去るところだった。

 何だか距離も近いようで親しげだ。

 セスタは、シャスティナを呼び

たかったけれど、何故か、言葉が

出て来なかった。



 その日の午後。

 セスタは、フィアお婆ちゃんを訪ねていた。

「元気がないわねえ、セスタちゃん」


 いつもはちゃん付けはやめてよ。僕、もう

16だよ。とフィアお婆ちゃんに言うところ

なのだけど。

 今日は、その言葉すら、喉に詰まったままだ。

「シャスティナちゃんのことかい?」


 う、と痛いところを突かれて、セスタは

返事に困った。

「ふふっ。皆わかっているさね。シャスティナ

 ちゃんはセスタちゃんを裏切ったりしないって」


 フィアお婆ちゃんはなんだか楽しそうだ。

 じゃあ、あの噂は……?

「噂は、噂だよ」

 

 顔に出ていたんだろう、疑問に答えて

もらってセスタは考える。

「噂は、噂……」


「シャスティナちゃんに、聞いてみたのかい?」

 

 それは、と、またも口ごもるセスタの手から、

ああ、忘れるところだった。薬、薬。と、

フィアお婆ちゃんが勝手に持って行く。


 シャスに聞けてたら、こんなに悩んでないよ、

と、考えたところでコインを渡される。

「はい、今日の分」

 

 ありがとう、と受け取って、セスタは尋ねる。

「あ、フィアお婆ちゃん、薬足りてる?

 この間は届けるの、遅くなっちゃったから」


「十分足りてるよ。それに、お土産の猪肉の

 おかげで元気いっぱいさ。いつもありがとう

 ねえ」


 良かった。と、セスタが笑うと

「うんうん。そのほうがいいね。きっと、

 シャスティナちゃんだってそう思ってるはずさ」


と、背中を軽く叩かれる。

 そうかな? そうさね。と、玄関を出るまで

見送られて、セスタは少しだけ元気が出た。

「ありがとう、フィアお婆ちゃん」

「こちらこそ」


 フィアお婆ちゃんの家を後にしたセスタは、

シャスティナを探して、村を歩き回った。


 でも、どこに行っても、貴族の青年・スナク

と一緒にいたという話ばかり。

 最後に村長さんを訪ねると、今日は村を一望

出来る高台に行くと言っていた、との情報を得た。


 早速、高台に向かったセスタ。もう少しで高台に

着くというときに言い争う声が聞こえてきた。

「もう一度言ってみろ!」

 

 シャスティナが凄む声に、人を馬鹿にしたような笑い声。

「だから、“男”の魔女に“女”剣士だなんて

 気持ち悪いと言ったんだ」

「ふざけるな! 私も、セスも、それだけの

 ことで、馬鹿にされるいわれはない!」

 

 ついに、シャスティナが剣を抜いた。

「いいのかな? 私の父にかかれば、

 こんな小さな村、簡単に潰せる」

 

 くっ、とシャスティナが呻いて剣を下ろした。

「言ったろう? あの魔女をさっさと差し出せば

 よかったんだ」


 そこで、セスタは拳を振り上げた。


「そうすれば、薬の腕を存分に……」


 そこまで言ったところで、ふがっ!! と、

叫んでスナクが地面に倒れ伏した。

 えっ、と声を上げるシャスティナ。


「人を殴ると、自分も痛いんだね。

 初めて知ったよ」

 

 ズキズキと痛む拳を押さえながら、

セスタは笑った。

 すぐに、セス! とシャスティナが

抱きついてきたのでセスタは、目を

白黒させてしまったのだが。

 

 その後、判明したのは、スナクは既に

父・ウィーツ将軍によって勘当されていたこと。

 元の暮らしを捨てられず、金を稼ぐ術を

探していたこと。

 村と、セスタを奪われたくなければ、

自分に付き合えと、シャスティナを脅していた

こともわかった。 


 幸い、ウィーツ将軍と昔馴染みだった村長の

おかげでそれがわかり、将軍自ら、放蕩息子を

引き取りに来て、事なきを得た。

 

 そして、セスタとシャスティナは。


「セス、いや、セスタ。私と、結婚してくれない

 だろうか?」


 村の真ん中、お爺ちゃんやお婆ちゃんがいる

場所で、セスタは、シャスティナからプロポーズを受けていた。


「シャ、シャス。いきなりどうしたの?」


 跪いて、指輪を差し出しているシャスティナ。

「先日の件で確信した。やはり、君を守れるのは

 私だけだ。それに、私を守れるのも君だけだ」


 だから、どうか、返事を聞かせて欲しい。

 と、シャスティナの綺麗な緑の目が、 

不安げに揺れる。 


 ずっと、彼女が好きだった。この間、

初めてちゃんとシャスティナを守れた気が

していたのに、もう、これだ。

 そんなところだって、ずっと可愛いと

思っていた。


「僕だって、同じ気持ちだよ。シャスティナ。

 返事は、はい、だ!!」


 ヒュー、と誰かが口笛を吹いた。

 わっ、と声が上がり、娯楽の少ない田舎の村では

その日、お祭り騒ぎになった。


 こうして、“男”の魔女セスタと、

“女”剣士シャスティナは、

夫婦になったのだった。

 実は初めて会ったとき、シャスティナも

一目惚れしていたと聞いて、

セスタが照れまくったのは

言うまでもない。   


       “魔女”の微笑み、“剣士”の憂鬱 了


 

 

 


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

“魔女”の微笑み、“剣士”の憂鬱 瑞祥さがと @sagato43

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ