「私のステータス」
中学二年の春—。
歴史の授業中のことだった。
「私のお父さん伊能忠敬なんだよね—」
はい?どう言うことなんだ…
そう口にしたのは隣の席の女友達、江上由里香だ
「どう言うこと?」
「あーいや私のお父さん伊能忠敬と同じ仕事してるんだ」
よく聞けば由里香のお父さんの仕事は土地測量士という職業らしい。
初めて聞く職業に興味を示しながら僕はなんとなく「私のお父さん伊能忠敬」という言葉を飲み込んだ。
由里香とは中学生になってからの友達で
家が会社をやっていて大金持ちということだけはなんとなく察していた。
クラスの友達みんなで由里香の家でホームパーティーをしようってなった時も
僕たち二人が買い出し担当だったのだがとにかく値段を見ずに買う子だった。
チーズも普通のチーズでいいのに「フランスワインソムリエが選ぶ最高級」などと名の付いたチーズを値段も見ないで買う彼女を見ながら
「割り勘なのにな…」と心配になったこともあった。
結果、ただの数名の中学生のホームパーティーだったのに
1人8000円も払わされた。
そんな「父親伊能忠敬女」こと由里香とはしょっちゅう二人で出かける仲だった。
それは由里香の学校における環境も関係していた。
美形でスタイルも良く菜々緒みたいな見た目の上に大金持ち。
由里香は女子たちのいじめの標的だったのだ。
レストラン、近所のたこ焼き屋、マック
中学時代は二人でバスか徒歩で行ける場所だったのだが
大人になってからは違った。18歳初めての車からレクサスを購入。
車を自慢したいのか僕を誘う回数が増えた。
ある日、二人で焼肉に行った帰りのことだった。
由里香は運転しながら突然肘置きに置いた僕の手の甲の上にそっと手を重ねた。
思わず動揺すると由里香は僕の方を向き
「ねぇ私たちが付き合ってたら上手く行ってたのかな」
その言葉には色々な意味もあったのだろうが、僕が考える中で一番の理由は
その時の由里香の彼氏にあった。
当時の由里香の彼氏はイケメン高収入だったがスーパーマザコンで
由里香は常に悩んでいた。
だけど周りが驚くほどのイケメン彼氏で自慢だと言うこともよくあった。
そんな狭間で悩んで悩んでその結果の僕に対するその言葉だったのだと思う。
僕はそっと由里香の目を見て
「上手く行ったかはわかんないけど幸せだったと思うよ」と答えると
由里香は僕にそっとキスをした。
19歳、ある夏の夜のことだった—。
キスした回数なんて片手で足りるぐらいの僕には恋の駆け引きなんてできるわけもなくそのまま付き合ったりするのだろうかと浅はかに考えていたのだ。
それから数ヶ月、由里香から連絡はなかった。
次に連絡があった時、すでにマザコン彼氏とは別れていた、
二人でドライブに行こうとのお誘いだった。
「やっぱり竜秋選んでたら良かった—」
由里香は一切笑顔を見せず真剣な眼差しで僕にそう言った。
僕も男を見せる時だ。と思いモテないなりに
「俺にしろよ」と言った。
すると申し訳なさそうな顔で
「私もそれがいいと思う。でもね無理なの」
やっぱりそうだ。僕じゃダメなんだ。友達になりすぎたのだろうか
やっぱり僕は恋人になれ…
「私。インスタに載せれるランクの人としか付き合わないの」
は?
「いや、好きなんだけどね好きなんだけどほらインスタってある種、私のステータスじゃん。あんたが私のインスタに彼氏として映ってたら私の女としてのランク下がるじゃん」
そのドライブ終わりから由里香が結婚するまで僕らが二人で会うことはなかった。
結局結婚相手に選んだ相手はイケメン自衛隊だった。
それから数年経った今でも僕は思う時がある。
僕がもっとイケメンなら、僕がもっと高収入なら
僕がもっとスペック高ければ…
僕は好きだった由里香と付き合うことができたのだろうか。
世間一般的にはひどい女と写ってしまったのかもしれないが
逆を取れば僕のこの顔でもこんな美人を落としていたんだ。
顔さえ良ければインスタに載せてもらえたから
由里香と付き合えたのかもと思うだけで僕は十分幸せだった。
それから恋愛にネガティブだった僕は少しだけだが
綺麗な女性にも自信を持って立ち向かうことができたのだ。
僕に自信を持たせてくれてありがとう。
あの日のキス。最高に幸せだった。
「父親伊能忠敬女」こと江上由里香
僕はあなたのことが大好きてした。
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