第6話 彼女は地上に降り立ちました

 清掃員ゾンビは、階段に背を向けてバケツを置くような動作の後、床をこする動作を続けている。

 その背後を、彼女は『中腰』でソソソ、と歩いていた。


「……少しでも躊躇すると、はいいませーん。後ろに下がって、はいいませーん」


 清掃員ゾンビのすぐ後ろで、彼女は立ち止まる。

 その瞬間、清掃員ゾンビが左に振り返った。

 清掃員が視線を前に戻した瞬間、彼女は2歩、後ろに下がる。

 清掃員は、すっと右を振り返った。


 茜は、ギリギリ視界に入らない。


「……はい、大丈夫です。通り過ぎてここを通りまして……。……はい、無事に裏口に辿り着きました」


 何でも無いように、彼女は出口に辿り着いた。


 もちろん。


 もちろん彼女が通過したのは、超高難易度の大変危険なルートである。


 例えそのギミックを知っていたとしても、ノーミスでなければクリアできない。


 何度もゾンビに見つかり、そのたびに追い回され殺されて、何回も何回もコンテニューを繰り返し、ようやく通ることができるルート。


 このゲームが、ホラーゲームの皮を被った死にゲーと呼ばれる所以。


「初見の皆さんは、素直にベランダの非常脱出口を使いましょう。あっちには、何の障害もありませんので」


 そして、彼――彼女はそう、平然と宣った。


 つまり、彼女は安全なルートを通らず、わざわざ危険なルートを選択したということだ。


「こちらを通れば、ゲーム時間で1日分、時間を稼ぐことができますので。はい。素人にはお勧めしません。別に、クリア難易度には関係しませんしね。あ、一応エンドコンテンツとして、『ミラクルテンコちゅねきーちゃん』のぬいぐるみを見ることができますかね。あれ、見ても何の実績にも成らないんですが。ほら、裏口のここに置いてるんですよね、ちゅねきーちゃん。かわいいですねえ」


 ちなみに、本作においてこのぬいぐるみはエンドコンテンツ扱いされているものの、ゲーム的な実績は何も解放されない。

 それが、『ZOMBIE - ゾンビ』におけるミラクルテンコちゅねきーちゃんの扱いであった。

 ぬいぐるみは各所に設置されているが、それがどこに、そして何体存在するのか。その情報は、公式からは全く公開されていないのである。


 それにも関わらず、SNS上では『#ちゅねぬいチャレンジ』というハッシュタグで大いに盛り上がったりしたのだが。何ならその火付け役は、彼――彼女の投稿だったりするのだが。


「さて、それではこのまま、街に繰り出しましょうか。1日のアドバンテージを使えば、より美味しそうな食糧を手に入れることができるかもしれません! まあ、空腹度の回復には何ら影響ありませんが、はい。こっちは一応、実績解放になりますので、やりこみたい人は是非チャレンジしてみてくださいね。あ、別にこのルートを通らなくても、別のルートでも回収はできますので、はい」


 そんな狂った事情を解説しつつ、彼女は裏口から顔を覗かせ、左右を確認した。


「左右確認、人影無し。ま、人影があったら基本危ないんですがね。ゾンビ達、ちょっとでも視界に入ったら走ってきますからねぇ」


 そう喋りつつ、彼女は向かいの一軒家に向かって『走り』始める。


「今度は家捜しです。有用なものがほしいですからね。ここからは、主に昼間に移動して、夜は隠れる、というのが基本行動になります。夜は、野生動物が怖いんですよね。昼間はゾンビがうろうろしてるので、野生動物はほとんど隠れちゃってるんですよ」


 この世界だが、人間は、そのほとんどがゾンビウィルスに感染してゾンビ化してしまっていた。


 ゾンビは生前の動作を繰り返すか、人間を襲うだけであり、野生動物を積極的に襲うわけではないのだが。


 それでも、そもそも動き回るゾンビが常に居る時点で野生動物は隠れるし、血迷って攻撃しようものなら、ゾンビに敵認定されて延々と追いかけ回される羽目になる。

 そのため、野生動物は基本的にゾンビから隠れるようになっていた。


 だが、この世界のゾンビは、夜目が利かない。


 昼間と打って変わり、夜は野生動物の独壇場なのだ。

 夜のゾンビはそのほとんどが行動を止めるため、野生動物は暗いうちに活動するのである。


「最初に入るのは、はい、このおうちですね。失礼しますねぇ」


 茜はそう呟きながら、一軒の住宅に侵入した。

 正面の門扉を開き、中に入り、しっかりと閉める。そのまま玄関に進み、躊躇無くそのドアを開けた。


「ここはカギが掛かっていないので、簡単に侵入できます。さらに、戸締まりできるので野生動物から身を守ることもできます! 最初の拠点にはもってこいですが、スタート地点から近すぎるので、今日は物資だけいただいて、次を目指しましょう」


 そのまま彼女は真っ直ぐ台所に入り、パントリーに侵入。目に付く『レトルト食品』をリュックに『詰める』と、すぐに玄関に戻った。


「…………」


 茜は、無造作に玄関を『開ける』。


『――ソオそおソオォォらアあぁァはツはつハツデんいイィいかイカいかイカががガガァあああああ!!!』


 その瞬間。開いたドアを押し開け、スーツ姿の男が襲いかかってきた――!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る