カバンの行方

「おう、昨日は楽しかったな。なんだ」


荻原は青木と同様にすぐに電話に出た。こいつにとって昨日は楽しかったのか。俺は昨日の記憶がないから楽しかったのか分からない。


こいつは何が楽しかったのだろうか。偶然同級生と会って行われた飲み会だろうか。それとも俺とのカラオケだろうか。


「実はな、昨日の記憶がなくて。俺は昨日どんな感じだったか」


「お前昨日の記憶ないのか。まぁ、あの感じならそうなってもおかしくないか。うん、そうか」


荻原はなぜか1人で納得していた。どうやら荻原も青木と同様に昨日の記憶はあるらしい。どうやら俺だけらしい。俺だけが昨日の記憶がない状態らしい。


「さっき青木に電話して、飲み会にお前が途中参加したこととか、お前と2人でカラオケをしたことを聞いてさ。すまんが、お前が途中参加してきたことすら覚えてないんだよな」


というか、青木と飲んだことも忘れていたんだよな。俺は。


「あー、その通りだな。お前らが飲んでる途中に俺が偶然店に入ってお前らを見つけて声をかけた。


俺ら中学から30年以上たったけど、見た目ってあまり変わらないな。すぐお前と青木だって分かったよ。で、カウンターで3人で飲んだな」


これは青木が言っていた通りだった。偶然って本当に起こるよな。偶然がなければ俺は今こいつと電話で話すことなんて出来てないってことだからな。


「飲み終わったのはどれくらいだったかな。9時前くらいだったか。その後俺がどうせならカラオケって二次会を提案して、お前は来たけど青木は帰ったな。


青木とは寺井駅で別れた。俺らは寺井駅で青木を見送った後に近くのカラオケ店に行ったな。2時間くらいかな、カラオケ店に居たのは」


なら23時くらいまでは寺井駅近くににいたことになる。そこから電車に乗れば23時半くらいには獅子舞駅に着くはずだ。その後俺はトイレに向かい横になってしまったということか。


「お前カラオケで何も歌わないからさ。俺が2時間ずっと歌ってたよ。まぁ途中ポテトとかツマミ頼んだから正しくは2時間も歌ってないけどな。お前カラオケは聞く専だったのかよ。先言えよな」


俺は聞く専ではない。カラオケに行ったら歌う。周りの目など気にせずに好きな歌を歌う。しかし昨日は珍しく歌わなかったらしい。なぜだろうか。荻原と2人は気まずかったのか。なら初めから行くなよ、昨日の俺よ。


「その後俺が会計した。あ、心配するなよ。お前は俺に奢ってもらってない。ちゃんと自分の分は払ってたからな。


お前には居酒屋の時に予め1万円を預かったらな。そういえばお前は釣りはいらんって言ってたな。それは今も変わらないよな」


そうなのか。俺は釣りはいらんって言ったのか。昔女性と飲んだ時に帰りのタクシー代に1万円渡して釣りはいらないからって言ってたあの頃と変わらないな。


それにしても先ほどの財布の中身は正しくなかったってことか。昨日の夕方の時点から少なくなっていた。1万円札が一枚ないという状態。


それを今こいつに言われるまで気づかないなんて、どうしようもないな俺は。金銭感覚がない?というか財布の中身に興味がないようだ。よくないな。それくらいは覚えておけよな。


「俺はさ、昨日ショルダーカバンを持っていたと思うんだが、それが今行方不明なんだよな。財布やスマホはあるんだが。


あー、財布の中身についてはお前が言っていた一万円以外は変わっていない。クレカとかレシートとかポイントカードとかもそのままだった」


「あのカバンね。言っていいのかな。いやー、言わない方が。お前は知らないままでいいと思うけどな」


あのカバンについて知らない方がいい?こいつはどうやらカバンについて何かしら知っているらしい。さてはこいつが俺のカバンを盗んだのか。


なら早く返して欲しい。素直に盗んだと認めるのなら盗難届を下げるからさ。


「いいから教えてくれ。俺はあのカバンを探しているんだ」


「そうか。じゃあ言うわ。聞いたこと後悔するなよ」


後悔なんかするものか。俺はカバンを行方を知りたいのだ。その情報が知れるのならどんなことでもいい。


「カラオケ行った後な、俺とお前は同じ電車だったんだよ。2人で空いてる座席に座ってさお互いの下車する駅まで向かったんだけどな。途中でお前が気持ち悪いって言って。途中の駅で降りたんだよ。


トイレで吐けばって俺が提案したらさ、お前はホームの席に座って落ち着くのを待つって言ってな。ホームの席に座ったんだけどな。


すぐにお前は吐き気を抑えることが出来なくなって、肩からかけてたショルダーカバンのチャックを開けてその中に吐いてたよ。でカバンは駅のゴミ箱に捨ててた」


えっ。俺そんなことをしてのか。あのカバンに吐いて駅に捨てただと。あのカバンは大事なカバン。よく使っていた思い出のカバン。それに俺は吐いて捨てるという思い出のかけらもない別れ方をしている。


というかなぜ俺はトイレに行って吐かなかったんだ。というか、こいつに俺めちゃくちゃ迷惑かけているじゃないかよ。


あのカバンはもう戻らないってことた。悲しいな。


「そうなのか。申し訳ない。吐いてしまって。迷惑かけた」


俺は迷惑をかけてことを荻原に謝った。久しぶりに会ったやつの酔いつぶれを見ることになるとは。こいつもかわいそうに。


というか、俺が悪い。本当に申し訳ない。


「いや、俺も申し訳ないと思ってる。そんな中俺のカラオケに付き合ってくれてたってことだからな。でこれで分かっただろ。お前のあのショルダーカバンはもうないから」


いや、お前は俺に感謝しなくていいんだ。俺が悪いから。俺が飲みすぎて迷惑をかけて、挙げ句の果てにその時の記憶がない。


「あぁ、今俺は昨日の俺に言いたいよ。飲みすぎるなって。若い時を思い出せって。飲み過ぎは他人に迷惑をかけるからなって。しつこいかもしれないが何回もいう。すまない」


「いや、お前があの時に戻れたってことじゃないか。若い時に」


「本当にすまない」


俺は何回も謝った。もういいってという荻原の声を聞いた後に俺は荻原に礼をいい電話を切った。


その後俺は交番に行きショルダーカバンの紛失届を下げた。紛失してのは自分のせいだったから。それにしても俺はなぜ獅子舞駅中トイレで横になったのだろうか。それだけは謎だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

記憶がない 命野糸水 @meiyashisui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ