第38話 命の輸送とラシードの決断


​ナブア紛争地帯の海岸線に沿って、武装勢力の検問所からの一斉射撃が始まった。医療品を積んだ小型ボートは、波と銃弾に晒され、海岸への上陸が危ぶまれていた。


​海岸で待機していたラシードは、このままではボートが破壊され、積荷も、船員も、そして待つ負傷者たちも救えないことを悟った。彼は、ムスタファ医師に最後の指示を出した。


​「ムスタファ、君は残された負傷者たちと、運び込まれたわずかな医薬品を持って、すぐに安全な内陸の集落へ移動しろ。この場は俺が引き受ける」


​ラシードは、単身、海岸に立ち上がった。彼は、身につけていた衛星通信装置で陽菜に最後のメッセージを送った。


​「ホシノ、俺は検問所へ向かう。彼らの注意を引く。お前は、ボートを強行着岸させろ。行動する勇気とは、命をかけることだ!」


​陽菜は船上で、ラシードの無謀な行動に叫んだ。


「ラシード、止めて!それは罠よ!」


​しかし、ラシードは通信を切った。彼は、手ぶらのまま、発砲を続ける検問所へ向けて走り出した。彼の目的は、検問所を破壊することではなく、武装勢力の視線を海岸から完全に引き離すことだった。


​武装勢力のリーダーは、単身で走ってくるラシードを見て嘲笑し、彼のほうへ注意を向けた。銃弾は、ラシードの足元と頭上をかすめた。


​その一瞬、検問所の射線がラシードに集中した隙を、陽菜は見逃さなかった。


​「ボート、全速力で突っ込んで!今がチャンスよ!」


陽菜は指示を出すと同時に、東城に連絡した。


「東城さん! 今すぐ、医療品の闇取引の全容と、検問所リーダーの関与を示す情報を、周辺国とICRCの公的チャンネルに流して!」


​東城は、陽菜の指示通り、闇の勢力の犯罪を証明する情報を一斉に公開した。


​ラシードは、検問所の兵士たちから数十メートルまで接近すると、大声で叫んだ。


「お前たちのボスは、この医療品を奪って子どもたちを殺している!お前たちは、その犯罪の共犯者だ!」


​ラシードの叫びと同時に、国際的なチャンネルを通じて、闇の勢力による医療品封鎖の犯罪が暴露されたという情報が、検問所の無線にも飛び込んできた。リーダーは、裏切りと国際的な非難にパニックに陥った。


​その混乱の間に、小型ボートは無事に海岸へ接岸。乗組員と、既に潜入していたラシードの仲間たちが協力し、医療品と食料を瞬時に内陸へと運び込み始めた。


​ラシードは、自身の目的が達成されたことを確認すると、武装勢力の注意が物資に集中する前に、激しい銃火を避けて海岸線へ向けて退却した。彼は負傷したものの、命は無事だった。


​陽菜は、船上からラシードの無事を確認すると、安堵と、彼の**「行動する勇気」への強い感動**に胸が震えた。


​この作戦は、単なる物資の輸送以上の意味を持っていた。それは、規則の枠外で、命を最優先する倫理的な行動が、闇の勢力の暴力と不正義に打ち勝つことを証明したのだ。


​しかし、陽菜の戦いは終わっていなかった。闇の勢力は、この敗北を看過しないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る