第13話 ガラス張りの砦  


​陽菜が「グローバル・ハート」の本部に戻ると、その空気は一変していた。かつては規則と官僚主義が支配していたオフィスは、今、緊張と動揺に満ちていた。彼女に冷ややかだった職員たちの多くは、不正が明るみに出たことで危機感を抱くと同時に、陽菜の行動に一種の希望を見出していた。


​陽菜は、「透明性・倫理監査 特別顧問」として、本部の一角に設けられた簡素なオフィスに入った。


彼女の最初のミッションは、組織のすべての会計と物資の流れを「ガラス張り」にすること。つまり、不正の温床となったシステムそのものを解体することだった。


​「グローバル・ハート」の理事会は、世論の目を恐れ、陽菜の提案を拒否することはできなかった。しかし、長年の慣習と複雑に絡み合った利益構造は、簡単には崩れない。


​「星野顧問。現場の状況は理解しますが、国際的なロビー活動の予算まで公開すれば、外交上の機密が漏れる可能性があります」


​「機密が、命を救うことよりも優先されるべきですか?」


陽菜は、事務的な抵抗を静かに、しかし断固として退けた。


「透明性は、不正への最大の抑止力です。そしてそれは、国際社会の医療格差や貧困を解決するための、組織の倫理的責任でもあります」


​陽菜は、ラシードや地元のNGOと連携し、支援物資の「現場からのフィードバック」を直接、本部のシステムに組み込む仕組みを作り始めた。これにより、物資がどこで滞留し、どこで横流しされたかを即座に追跡できるようになった。


​しかし、陽菜の改革は、世界的な闇を刺激していた。

​不正に関与し、逮捕された幹部の背後には、紛争地域の不安定さから利益を得ていた巨大な国際的な武器商人、そして資源取引を行う企業群がいた。


彼らにとって、「グローバル・ハート」の不正な資金ルートは、自らの闇取引を隠蔽し、資金を洗浄するための重要なパイプだったのだ。


​ある日、陽菜のオフィスに、匿名で暗号化されたメッセージが届いた。


​「これ以上、我々のテリトリーに介入するな。お前が暴いたのは氷山の一角だ。命が惜しければ、静かに顧問の席に座っていることだ」


​それは、陽菜が集めた証拠が、単なる組織内の不正ではなく、世界規模の構造的な暴力と経済的搾取に繋がっていることを示唆していた。


陽菜の「叫び」は、今、彼女自身の命を脅かす、より大きな敵と対峙することになったのだ。

​陽菜は、この警告に恐怖を感じながらも、決意を新たにした。


彼女の戦いは、単に「グローバル・ハート」という一つの組織を救うことではない。


それは、この世界の貧困、教育、食料問題、医療格差の根源にある、


**「戦争をビジネスとする構造」**


そのものを解体することだった。


​彼女の新しい戦場は、ガラス張りのオフィスの内部から、世界の闇の構造へと向かい始めた。

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