第9話 沈黙の砦を崩す 光の連鎖


​本部での静かな抵抗を続けながら、陽菜は内部不正に関する決定的な証拠を集め続けていた。彼女が握る暗号化されたデータには、支援物資の横流しだけでなく、横流しによって生まれた利益が、紛争地域の鉱物資源や食料の不正取引にも投資されているという、巨大な国際的な闇が記録され始めていた。この闇こそが、貧困と教育、食料、医療格差といったあらゆる課題の根源にある**「紛争を永続させる構造」**そのものだった。


​一方、現場のラシードたちは、陽菜との連携のもと、新たな物資運搬ルートの本格稼働に成功していた。彼らは、国際支援ルートに頼らず、地元の農家や小規模な商人から直接食料を買い付け、その流通を彼ら自身で管理した。


​この独自の「地平線ルート」は、二つの大きな成果をもたらした。


​1 食料問題(フードロス)の改善と貧困対策


ラシードたちは、国際基準には合わないが品質に問題のない規格外の農作物を積極的に買い上げた。これにより、地元の農家の収入が増え、キャンプの食料廃棄(フードロス)も減少した。


ムスタファ医師は、栄養失調の子どもたちに、廃棄されるはずだった新鮮な野菜を優先的に提供できるようになった。

「これは、私たちの**『食料問題』**に対する、現地からの小さな叫びだ」


とラシードは陽菜に報告した。


​2 教育の光


食料と安全がわずかに安定したことで、ムスタファ医師とラシードの妹は、難民キャンプの片隅で、子どもたちを集めて小さな青空教室を始めた。鉛筆すら貴重な状況だが、彼らの瞳には学ぶ意欲が宿っていた。


「子どもたちが銃ではなく、ペンを持つ。これこそが、教育が紛争を終わらせる光だと信じています」


とムスタファ医師は語った。


​しかし、陽菜の行動は本部で大きな警戒を呼んでいた。彼女のPCへの不審なアクセスが記録され、バーネット統括は陽菜のすべての権限を剥奪し、直ちに現地へ戻るよう命じた。


​「君はもう終わりだ、星野。これ以上、団体の信用を傷つけさせない」


​陽菜は、証拠を公にしないままに処分を受け入れることは、現地で築かれた希望と、ラシードたちの命を危険に晒すことになると悟った。彼女は、最後の手段に出た。


​彼女は、直前の国際会議で築いた協力者、先進国の大手メディアの若手記者に、暗号化されたデータの一部を託した。そして、本部を去る直前の最後の演説の機会を、自ら作り出した。


​壇上に立った陽菜は、現地で活動するムスタファ医師からの緊急ビデオメッセージを流した。画面に映し出されたのは、薬が足りず、命の危機に瀕している幼い患者と、彼を救うことができない医師の苦渋の表情だった。


​「この命は、医療格差の犠牲者です。この命は、私たちが送ったはずの薬が、どこかの闇市場に流れたことの証拠です」


陽菜は震える声で訴えた。


​「飢餓、病気、無知。これらは天災ではありません。これらは、一部の人間が貧困をビジネスとし、支援を悪用することで意図的に作られた、世界の構造的な不正義です! 私の叫びは、支援を求めるだけではありません。それは、この不正義の連鎖を断ち切るために、あなた方の沈黙という名の砦を、今すぐ崩してくれという、世界への問いかけです!」


​彼女の演説が終わった瞬間、本部から通信が遮断された。しかし、遅すぎた。託されたデータと、世界中に放たれたムスタファ医師の映像、そして陽菜の決死の叫びは、すでに社会現象の火種となっていた。


​陽菜は、現地へと急ぐ。彼女の戦いは、今、組織の内部から、世界全体の構造と対峙する新たな段階へと突入した。

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