第7話 裏切りと新たな地平線


​武装勢力「影の牙」による倉庫襲撃後、団長は支援物資の運搬ルートを完全に本部のマニュアル通りに一本化することを決定した。彼の論理は「安全性の確保」だったが、結果として物資は現地の厳しい検問と手続きで滞留し、難民キャンプの食糧供給は再び危機的な状況に陥った。


​「見てくれ、ホシノ。このままでは三日後には配給を停止せざるを得ない。新しい団長は、飢えた子どもたちの命より、書類の完璧さを優先する」


ラシードは、運搬計画の書類を床に叩きつけた。

​陽菜もまた焦燥感に駆られていたが、彼女の脳裏には、社会現象化の戦略で練った新たな視点が芽生えていた。敵は武装勢力や団長だけではない。この紛争を長引かせ、利益を得ている「世界の構造」こそが真の敵だ。


​「ラシードさん、新しいルートは、武装勢力の目を欺くだけでは不十分です。私たちは、彼らが手出しできない場所から物資を調達し、彼らが狙う『大量の支援物資』ではない形で運び込む必要があります」


​陽菜は、以前国際会議で知り合った、紛争地域の国境付近で活動する地元の小規模NGOの連絡先を取り出した。彼らは、特定の企業のサプライチェーンの影で活動しており、非合法ではないが、国際支援の枠組みからは外れた、独自かつ強靭なネットワークを持っていた。


​しかし、そのネットワークを頼ろうとした矢先、陽菜は衝撃的な裏切りを知ることになる。


​陽菜は、地元の新聞の端に、ある小さな写真を見つけた。それは、倉庫襲撃事件の直後、略奪された医療物資の一部が、近隣国のブラックマーケットに流れていることを示すスクープだった。そして、その医療物資の包装材に印字されていたのは、「グローバル・ハート」の管理番号と、本部からの輸送ルートの責任者名だった。


​陽菜は、その管理番号と輸送ルートの担当者が、バーネット統括の派閥で、新しい団長と親密な関係にある人物であることを知っていた。


​「まさか…」


​彼女は、恐怖と怒りに体が震えるのを感じた。支援物資の滞留は、ただの事務的なミスではない。組織の内部に、武装勢力と結託して私腹を肥やす者がいる可能性が浮上したのだ。彼らにとって、この紛争は終わってはならない「ビジネス」だった。


​陽菜は、この事実を直ちに本部に報告すれば、団体の信用は失墜し、全ての支援が停止するリスクがあることを理解していた。それは、彼女の叫びがもたらした希望の光を、一瞬で消し去ってしまう。


​「沈黙はしない。でも、無謀な行動もできない」


​陽菜は、この内部の闇を暴きながらも、現場の支援を継続させるという、極めて困難な道を選ぶ決意をした。彼女はラシードを呼び、二人だけで動くことを決意する。


​「この闇を暴くには、証拠が必要です。その間、私は国際社会に『支援の中立性』と『透明性の確保』を訴え続けます。ラシードさん、あなたは私を信じて、地元のNGOとの連携を秘密裏に再開してください。私たちが生き残るには、組織を信用するのではなく、行動する私たち自身を信用するしかない」


​ラシードは、陽菜の目を見て、深く頷いた。「わかった。本部からの裏切り者を信じるより、土埃にまみれたお前を信じる。新たなルート、地平線を探すぞ」


​陽菜は、本部への報告の義務と、現場の命という二つの倫理の間で、最も危険な綱渡りを始めた。


彼女の演説は、今や国際社会への訴えだけでなく、組織内部の闇と世界の構造的な不正義に対する、静かで燃えるような「叫び」へと変貌を遂げていた。

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