第6話 支援の光と影


​陽菜の国際的な訴えは、冷え切っていた支援の空気に風穴を開けた。彼女の演説をきっかけに、世界各国で市民による募金活動が活性化し、各国政府も動かざるを得ない状況に追い込まれた。「グローバル・ハート」にも、かつてないほどの資金と物資が流れ込み始めた。


​この成功は、陽菜に新たな力を与える一方で、新たな軋轢を生んだ。


​現地に大量の物資が届き始めると、長らく不足に苦しんでいたラシードやムスタファ医師の顔にも、ようやく明るさが戻った。彼らは、陽菜を「希望を運んでくる女」と呼び、心からの信頼を寄せるようになった。

​しかし、支援物資の増加は、同時にその富を狙う武装勢力「影の牙(仮称)」の関心を引いた。


​「ホシノ、やつらが動いている。偵察隊がキャンプ周辺を嗅ぎ回っている」ラシードが険しい表情で報告した。


​「グローバル・ハート」の支援ルートは、常に武装勢力との交渉や、彼らの「通行料」という名の略奪に晒されていた。物資が増えれば、リスクも増大する。


​さらに、本部から新たな派遣団が到着した。その団長は、陽菜の独断行動に批判的だったバーネット統括の派閥に属する、規則遵守を徹底するタイプの人間だった。彼は、陽菜が築き上げてきた現地スタッフとの協力関係を無視し、全てを本部のマニュアル通りに進めようとした。


​「星野スタッフ。君の国際的な影響力は認めるが、現場では私の指示に従ってもらう。物資の配給ルートは私が再設定する。地元のNGOとの連携も、団体の規定を優先し、一旦停止する」


​新しい団長は、陽菜がラシードと築いた信頼関係の成果である「裏技」を全て潰しにかかった。彼の行動は、迅速かつ公平な支援を求める現地スタッフたちの不満を爆発させた。


​「あいつらは言葉遊びをしているだけだ! 食糧が腐るまで書類を回すつもりか!」


ラシードは怒りを露わにした。


​陽菜は、再び組織と現場の板挟みになった。彼女の叫びがもたらした光は、同時に影も引き連れてきたのだ。


​ある日の深夜、難民キャンプの外れにある倉庫が襲撃された。武装勢力「影の牙」によるものだった。警備にあたっていた現地スタッフ数名が負傷し、最も貴重な医療物資の一部が奪われた。

​襲撃を知った陽菜は、直ちに現場に駆けつけた。奪われた物資のリストを見ながら、彼女の心は激しく痛んだ。


​「私の演説が、彼らをここに呼び寄せた…」陽菜は自責の念に駆られた。


​「違う、ホシノ」ラシードが静かに言った。「やつらは常に来る。お前の演説のせいじゃない。支援がある限り、貧困がある限り、紛争がある限り、やつらはいる。重要なのは、奪われても、私たちがここを去らないことだ」


​ラシードの言葉に、陽菜は顔を上げた。現場の厳しさと、彼らの強い意志に改めて心を打たれた。


​「わかりました。団長には、規則通り報告します。ですが、私たち独自のルートは維持します。物資を奪われた今、彼らが最も狙うのは食糧です。ラシードさん、地元のNGOとの連携を強化して、彼らが利用できない、新たなルートを構築しましょう」


​陽菜は、再び規則とリスクを背負うことを選んだ。彼女の「叫び」は、国際社会に届くだけでは終わらない。それは、現地の厳しい現実の中で、「行動する勇気」として具現化されなければ意味がないことを知っていた。


​彼女の戦いは、今、国際会議の演壇から、危険な土埃の道へと移っていた。

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