第4話 信頼という名の勲章


​抗生物質が届けられたことで、ムスタファ医師の診療所は活気を取り戻した。特に子どもたちの間で蔓延していた感染症の進行を食い止めることができ、難民キャンプにはわずかながら安堵の空気が流れた。


​陽菜は、その成果を誇ることはなかった。ただ、泥まみれになりながら、ラシードやムスタファ医師とともに、次の物資の不足に備えて地元の非政府組織(NGO)や、国境を越えたネットワークに連絡を取り続けた。


​ラシードは、以前のような冷たい態度を取らなくなっていた。


​「ホシノ、あそこの貯水槽に亀裂が入った。本部に修理を頼んでも何週間もかかる。お前はどうする?」


​ラシードが尋ねたのは、試すような口調ではなく、意見を求める信頼のトーンだった。


​「地元の職人を雇うのが最も早い。費用は私が個人的に…」


​「止めろ」ラシードは陽菜の言葉を遮った。


「お前の私財は使うな。支援活動はお前のポケットマネーで賄うものじゃない。だが、地元の職人を雇うのは正しい。本部には『緊急の配管工事』と報告する。費用は、別の予算から回す裏技を知っている」


​ラシードの顔に、初めてわずかな笑みが浮かんだ。それは、陽菜の行動が、彼の中にあった「本部への不信」と「現地への献身」を両立させる道を見せ始めたことを示していた。


​しかし、陽菜の独断的な物資移動は、遠い本部に届いた。


​数日後、「グローバル・ハート」地域統括責任者であるベテランスタッフ、バーネットがキャンプに到着した。彼は、スーツ姿で埃を嫌うかのように腕を組み、陽菜を呼びつけた。


​「星野。君の行動は看過できない。本部への報告なしに重要物資を移動させるなど、団体の信用問題に関わる」


​「バーネット統括。一刻を争う事態でした。規則を優先していれば、何十人もの命が失われていた可能性があります」陽菜は毅然として答えた。


​「命の重さは理解する。だが、物資の公正な配分と、武装勢力への略奪防止、そして我々の活動の中立性を守るための規則だ! 君一人の感情で破っていいものではない!」


​バーネットは感情的になっていた。彼にとって、陽菜の行動は、自身のキャリアと団体の維持を脅かす「リスク」でしかなかった。彼は陽菜に、直ちに本部に一時帰国し、懲戒委員会に出席するよう命じた。


​陽菜は、処分を受け入れるしかなかった。彼女は、ラシードに別れを告げた。


​「また、言葉だけの会議に参加させられるのか?」


ラシードは苦々しく言った。


​「多分。でも、私はもう沈黙しない。今回の件で、私は現地で何が起きているのかを、より具体的に、感情を込めて訴えることができる」


​陽菜がキャンプを去る日、彼女は孤児たちの群れに囲まれた。彼らは、小さな花や、ガラクタで作ったお守り、そして何よりも、素直な感謝の目を向けていた。


​その中で、以前陽菜が写真で見た子どもに似た少女が、駆け寄ってきた。サミラだった。彼女は、陽菜の手を握りしめると、何事かを現地語で早口に伝えた。ラシードがそれを陽菜に訳した。


​「彼女が言うには、『貴女が私たちに水をくれた。貴女が私たちに薬をくれた。私たちは貴女の叫びを聞く』そうだ」


​陽菜の目から涙がこぼれた。この子どもたちの信頼こそが、国際会議で得る拍手や、本部の承認よりも、遥かに価値のある「勲章」だった。


​一時帰国し、懲戒の危機に晒されながらも、陽菜の心は決まっていた。今、彼女の背中には、数えきれないほどの「声を持たない叫び」が宿っている。彼女は、その声の代弁者として、再び国際舞台に立つことを決意する。

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