橋モリさま(4)
「冗談よ。そんな必死になって弁解しなくても大丈夫、なんとなく分かるから」
スサミはくるくると笑い、木瓜の花弁を自分の鼻のてっぺんにかざし、するとそれは道化師の赤っ鼻のようで、ソリは思わず吹きだした。
二人は土手に腰を降ろし、河童の川を眺めた。
山頂からの雪解け水のせいで水量が多く、流れも速い。水面は澄んでいて、底に転がる石が見える。残念ながら、河童はいないようだ。代わりに巨大な陸亀が、顔と手足を引っ込め、甲羅干しをしていた。
そのうち、お日さまが
ふとスサミが口を開いた。
「ねえ、ソリ。その橋モリさまが、橋モリさまになろうとしたきっかけって、知ってる?」
「あ、いや、知らない。というか、きっと悲惨ないきさつがあるんだろうと思って、意図的に知ろうとしなかった」
「じゃあ教えてあげる。彼女には好きな人がいてね、そいつは村の偉いさんの一人息子。大変な
「……なんか、僕の知っている唐変木にちょっと似ているな、そいつは。まあ、お袋の一族はオーストリア系だから、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国とは、あまり
「誰もあなたのことだとは言ってないよ。それでね、ある時、村人の側に
「そんな話は聞いたことがない」
「この話にはまだ続きがあるのよ。橋モリさまが人柱になってしまい、天邪鬼は嘆き悲しみ、というのは彼もまた、橋モリさまのことが好きだったの。だから、橋モリさまと一緒になれない人生なんか意味がないって、川に身を投げたのね。すると、それを哀れんだ川の神さまが、天邪鬼の
「それもお袋から聞いたの?」
ソリは怪訝な顔で問うた。
「ううん、私が今、
スサミがぺろりと舌を出す。
ソリが天邪鬼ならば、彼女はホラ吹きなのである。
「……だよな」
ソリはやれやれと肩をすくめた。
「ああそれから、ちなみにこれは私のホラ話じゃなくて、お義母さんから聞いた話の続きなんだけど……」
ああ、とソリは思った。
木瓜の花といえば、橋モリさまが特に愛でていたものではあるが、己の痕跡を残す必要はないとの宣言に矛盾するのであり、すると橋モリさまは、自分のことを気にかけ、面影を置いておいてくれたのかもしれない。おそらくは、群れの中でいまいちうまくやっていけそうにない、ひいては大人になり切れない、自分の
長らく村を見守り続けた彼女は、自分のような半端者の末路がどうなるか、だいたい分かっていたに違いないから。
とするならば、この木瓜は、少なくとも「私はソリ助の味方なのだからな」という、橋モリさまのせめてものメッセージとも思えた。
ならば、スサミの作り話も、あながち見当違いではないのかもしれない。
橋モリさまがまだ橋モリさまではなかった頃、きっと自分に似たろくでなしがこの村にもいて、世話焼きな彼女をやきもきさせていたのだとしたら。
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