橋モリさま(3)
勿論、村にとっては体面が悪かろう。だからといって、車も通れる鉄橋が出来たから、じゃあ君はもう用なしだねとばかりに切って捨てるのは、あまりに冷淡ではないか。人でなしの所業だ。
この村の人間は、どいつもこいつもくそったれだ。
いつの間にかソリの中で、橋モリさまとはもう会えない悲しみより、故郷への怒りが上回っていた。
というのも彼は、密接な田舎の共同体になじめない、ある種の落ち零れだったのだ。
すなわち集団行動が全く駄目な、例えばお祭りの時に一人ぽつねんと境内の隅で飴玉をしゃぶっていたりするような子供で、しかしそれはべつに孤高を気取っていたわけではなく、本当にただ面白くなかっただけで、だから頑張って自分なりに喜ばしい、例えば雷や大雨の来襲した際には素直にきゃあとはしゃいでみたのだが、そういう時は周りの友達は誰もおとなしくしていた。
通信簿の備考欄には、むらっ気で協調性に欠けます、と必ず書かれてあった。
外れ者は理不尽な攻撃にさらされるのが常で、しかしそれは権威にしがみつこうとするから主流派に苛められるのであって、そのことを見抜いた勘の鋭いソリは、どうやら僕は皆と違うらしいと気づいて以降、身を護るために右と言われれば敢えて左を向く
この傾向は大人になってからも変わらず、そのことがコンプレックスとなってアメリカ留学への原動力にもなったわけだが、結局、どこへ行こうが同じだった。つまり、ゲマインシャフトかゲゼルシャフトかの違いはあれ、どこにでもある種の共同体意識は存在するわけで、それになじめないソリ個人の精神に問題があるのだ。
そういう人間だからこそ、ソリは、橋モリさまに可愛がられたのだろうか。
「橋モリさま」
ソリは、川へ向かって呼びかけてみたが、魚が水面に跳ねるばかりで、返事はなかった。
がっくりきて、その場で膝を折る。
刹那、はらりと木瓜の
見遣れば、こんなところには確か生えていなかったはずだが、腰丈ほどの木瓜の木が、たわわに花を実らせていた。
「ソリ」
背中で呼ぶ声がした。
振り返ると、スサミがこちらに向かって、ゆっくり歩いてきていた。
――やあ、と返事をしながらソリは、浮気がばれた時の如く心臓がどきりとする。
「お
スサミは穏やかに微笑みを浮かべた。
すなわち、橋モリさまに関してである。
村側は当初、おやね橋を文化財として保存する方針であったこと、しかし橋モリさま自身がそれを断ったこと。
「それよか、もう用がなくなったのならばこの橋を跡形もなく潰してくれ。私の痕跡もいっさい残してくれるな。地蔵や
そう高らかに宣言したこと、スサミは淡々と告げた。
ならばと、鉄橋計画自体を見送る声もあったそうだが、否、この機を逃してはならん、断行せよ――と橋モリさまが厳命したらしい。
「……なるほど、橋モリさまらしい」
ソリは苦笑し、しかし寂しげに肩を落とす。
「好きだったのね?」
スサミの問いに、ソリはこくりと頷いた。
「初恋の人だったのだ」
「ま、妬けるわ」
「うん。告白すると今回の帰省で、橋モリさまに会えることが、実は一番の楽しみだったのだ。ああ勿論、君を紹介したかったわけだが」
「どうだか」
スサミは少し怖い顔をしながら、ソリの足元に転がっていた木瓜の花を手に取り、そのちょっと滑稽な感じもする花弁をしげしげと眺めた。
「いや、ていうか初恋といっても一種の言葉の
ソリは、橋モリさまに対する自分の微妙な感情をスサミに説明しようと、ちょっとわやわやしながら述べる。
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