くのいち
くのいち。
つまり女の忍者をくのいちと言うんであって、なんでかというと女という漢字を解体したらくノ一になるってのが理由で、そのくのいちが警備員によって捕らまえられたってんで、お城の地下の拷問室に連れてこられたわけだ。
「うひょう」と拷問吏Aは目を輝かせた。
「うひょう」と拷問吏Bは目を輝かせた。
「うひょう」と拷問吏Cは目を輝かせた。
くのいちはなかなかの美形だった。
荒縄で縛られてくねくねしていた。
「よいかおぬしら、この曲者が誰に雇われたか、一両日中に吐かせるのだ」
警備部長のチョー作さんが、三人の拷問吏に命を下す。
「合点承知の助」と拷問吏Aは敬礼した。
「合点承知の助」と拷問吏Bは敬礼した。
「合点承知の助」と拷問吏Cは敬礼した。
警備部長は御自慢のカイゼル髭を撫で、パンナコッタが食べたい、パンナコッタが食べたいと言いながら、冷たく無慈悲な空気の漂う拷問室を後にした。
「さて、と、手始めにこの鞭をくれてやるわ、とくと味わえ」
まずは拷問吏Aが、先っちょがはたきのように幾つも細く枝分かれした鞭をくのいちの眼前にかざし、脅すように言い寄る。
ひいいって感じで、くのいちは、小刻みにぷるぷると震えておった。
うりゃ。
拷問吏Aは、縛られたくのいちの背中の辺りを鞭打つ。
「痛い!」
パシ。
「痛い!」
くのいちはしくしくと泣き出した。
「ああ御免ね、痛かったね、ちょっと力を入れ過ぎちゃったね?」
拷問吏Aはおろおろした。
実は現在まで、彼は、婦女子を拷問した経験がなかったのだ。なんていうかこう、憎々しげに、もっとつっぱねてくれれば良いのだが……。さらに言うなれば、彼には娘がいて、今が可愛い盛りの時だった。
「ええーい、うつけ者、こういう手の者は肉体的苦痛には耐えるよう、訓練されておるのだ。しかし、逆に快楽を与えられたらどうか? そう、つまり、性的快楽によって忘我の境地に陥らせ、はからずも秘密を吐かせるのだ」
拷問吏Bが、いよいよ本題って感じで、少し眦に高揚を含ませながら言い、くのいちの恥ずかしー所を触る。すると、くのいちはひどく軽蔑した目で、拷問吏Bを睨んだ。実のところ、拷問吏Bは女性経験がそんなにあるというわけではなく、しかも相手を夢中にさせた手ごたえが未だかつてなく、そのことに少なからぬコンプレックスを持っていた。
「いやあ、まあ一応、仕事ですからね」と、拷問吏Bは言い訳のように言う。
「……というか、性的快楽によって忘我の境地に陥っているのは、むしろ、あなたの方ではないのですか?」
くのいちが、今度は憐れみを
「いやん」って、拷問吏Bは山のようになった股間の辺りを抑え、逃げるように部屋の隅へ転がって行った。
「ううむ、なかなか手強い、かくなるうえはCに任す」
「えー、オレっすか?」
拷問吏Cは困ったように頭をかいた。
彼は、三人のうちでは一番年若いため、いつも面倒ごとを押し付けられるのだ。
「まあ、その、女子にあんま手荒なことはしたくないんで、お願いしますよ、くのいちさん」
拷問吏Cは拝み倒す。
くのいちは、へこへこと頭を下げる拷問吏Cの顔をどろりとした目で鑑定するようにねめしつけ、結果、まあぎりぎり許容範囲だったのか、こういう提案を彼にした。
「縄が食い込んでちょっと痛いんで、しかも私、すぐアオジになっちゃう体質なんで、縄を解いてくれたら秘密を教えてあげんでもない。女である私一人に対して、こんなに立派な男性が三人もいるんで、縄を解いたところで逃げ出される心配はないと思うのだけれど、どう?」
拷問吏Cは、いつも電話勧誘のセールスマンの一方的な長話に付き合わされて貴重な時間を失してしまうような優しい性格なうえ、これから起こりうるだろう事態を推測するのが苦手で、まずは行動してから次を考えるという行動派なのであり、それでいつも失敗を繰り返すのだが、ポジティブなんで、前向きに失敗を解釈してさらなる失敗を繰り返す。
つまり、癒し系なのだ、Cは。
「ま、いっか」って、拷問吏Cが安易にくのいちの縄を解いたところ、くのいちは幼少の頃から武芸を仕込まれてきた達人なんで、拷問吏などといういわば公共の利益になんら寄与しない仕事しか与えられなかったような社会の落ち零れであるところの三人は、あっという間にのされてしまった。
彼らの意識が戻った時には、それこそドロンと、くのいちはいなくなっていた。
「やられてしまいました、テヘ」と拷問吏Aは言った。
「やられてしまいました、テヘ」と拷問吏Bは言った。
「やられてしまいました、テヘ」と拷問吏Cは言った。
こんな失態を犯してしまっては、御屋形様から切腹を申し付けられるのは明白なのであり、じゃあ逃げるしかないね……って、三人の拷問吏はお城から脱け出した。そして、城下町の四辻に至ったところで、縁があればまた会おう、アディオス。三人は、それぞれ別の道に歩き出した。
しかし年若い拷問吏Cは、しばらく歩くうちに無性に心細くなり、やっぱボクを一人にしないでくださいって、慌てて四辻に戻ったのだが、もう既にAとBの姿は跡形もなかった。
拷問吏Cは、ひとつ溜息をついた後、凛然と前を向き、ようやく一人で生きる覚悟を決めた。
この物語は、社会の底辺から這いあがろうと、もがき苦しみ、闘った、孤独な若者の記録である。
が、面倒臭いんで、略す。
かいつまむと、Cはその後、まあ適当に行く先々でお使い仕事などをして食い繋ぎ、そうしているうち、偶然、例のくのいちと再会し、彼女に押し倒されて貞操を失ったうえ、忍者の里に拉致され、そこで忍者の里のお頭に「貴様にオトコの道を教えてやる」って言われてキャーとか思ったのだが、実はオコトの道の聞き違いであって、で、以来、お琴を持って女衒などに出向いて客のオヒネリによって暮らす毎日を送っている。
お琴を爪弾きながらCはたまに思う。
AとBは元気でやっているだろうか。特にAには家族がいたはず。大事なければ良いが……。
「しかし、Aさん、Bさん、俺は生きていきます、這って土塊を掴んででも、俺は生きて生きて、生き抜いてみせます!」
女衒からの帰り道、Cは二人の下へ俺の決意が届けとばかりに、実際に
しかし、土塊と思ったものは、実はホヤホヤの馬糞であった。
きゃあ。
燃えるような朝焼けの下で。(完)
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