チェーンメールは回らない

サイトウさん


 秋の空は鈍色で、すすきに染められた山からささめく声が冷たい風に乗って教室の窓にぶつかる。カタカタ鳴る音はだからこの世ならざる者の叩く音だとは誰も思わず、のどやかに授業は続いている。

 後列窓際の席に座る生徒、百代蒐ももしろ しゅうはしかし目を細めてジロリと睨む。するとサッと鼠が散るようにそれらは引っ込んだ。彼は欠伸をする。


 ――こんな小物、、程度なら見張る必要もないだろう。


 立つとチョークの音が止まって、教壇の教師と目が合うがすぐさま逸らされる。ちらほら後ろを向く他の生徒たちも、何も言うまではしなかった。

 だが彼は座り直すことにした。

 つい、うっかりだ。『普通』というものがよくは分からないが、人間ひとの内に居るのであれば、動きを揃えるくらいはしよう――そう思い直し、惰眠を貪ることにした。




 放課後チャイムの音に目を覚ますと既に日は朱く、教室には誰もいない机と椅子が並び細い影を連ねていた。

 ただ、自席の机前にはスカートをはいた人の影がある。顔を上げると、おさげを垂らし眼鏡をかけた女子、おうぎかなめがいた。


「……なんだよ」


 彼女が言葉を発しそうになかったので、伸びをしながらしゅうは声かけた。ホームルームが終わりひとりまたひとりと教室を出ていく中で、ただ、ひっそりと側で佇んでいたのだろうか。なおも彼女はすこし戸惑った顔をしただけで、押し黙っていた。彼は面倒になってそのまま立ち上がり、帰り支度をして教室を出た。


 足音もなく二つの影が廊下を進む。階段を降りる手前になって、ようやく扇かなめは彼の学ランの肘のところを摘んで止めた。しかしただちに振り払われる。


「触んな」

「あのっ……これ」


 彼女は二つ折りの携帯電話を開いて差し出した。画面には、メールが表示されている。意図は知らないが、送り主は〈小早川さん〉と登録されていた。


「友達できたんか。よかったな」

「メールアドレス聞かれたの。私のこと 好きなのかな」

「へー」


 至極どうでもよいと思ったが、どうも浮かない顔をしているので本文にちらと目を向ける。



ゴメン、回ってきたから回すね!

サイトウさんから電話がかかってくる前に、このメールを学校内の4人に送ってください。違ったり、送らないと、サイトウさんが手足をとりにきます。



「好きなやつに送りそうではねえな」

「そうかな そうなのかな?」


 疑問符を捨てないあたり扇かなめはまだ希望を持っているらしい。


「蒐くんは メルアドある?」

「あったとして残り三人どうすんだよ」

「え?」

「ア?」


 一体どこでどうして会話が成り立たなかったか不明だが、とにかく、扇かなめと百代蒐は互いを見合った。

 扇かなめは確かに、おさげに眼鏡、相対的に長めの制服スカートという‘地味’なアイコニックのいでたちなのだが、どこかが全く馴染んでいない。

 捏ねたての餅のような白肌、薄墨色の大きな瞳、ぽってりした唇、艶のある黒髪に胸で少し浮いた紺色の冬服。まるで趣向を凝らした市松人形にセーラー服を押し着せてしまったような、なにか壊滅的に噛み合わない予感。


「サイトウさん 回らなくていい?」


① ゲームに混ぜてあげるくらいの感覚

② 自分のところまでは引きずり下ろす

③ 怪異に対処する責任感


 くらいが思いついたが検証はしない。

 まるで善意の口ぶりについて、彼の人間への解釈は著しく脅かされた。


「されたことをしないと危害を加えられるという脅しだろ。相手も転嫁すれば免れるから、保身が勝って四人に送るんじゃねえのか」

「サイトウさんはどうするの?」

「特に困らない。恐怖が伝播することで存在感が大きくなるから、回してもらった方が助かるくらいだ 」

「電話待ってたら迷惑かな……」


 あなんかこいつ苦手だな、と百代蒐は思った。怪異的立場でいえば、こういう人間にはせめて関わらないでほしい。どういう思考回路ゆえの言動かいまいち掴めないが、なにか理解しようというそぶりよりはまだ敵意の方がいい。


「迷惑。忘れろ」


 特に怪異を慮るわけではないが、無視で済むならそれでいい。と、踵を返したところでトゥルルルルと携帯電話が鳴く。表示を見て、私の番号、と呟いたので察した。

「日を置けよ〜〜」

と蒐は思わずぼやいた。


「はい」


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