第6話:ダンジョン飯

 ダンジョンの第三層までは、既に何人もの冒険者がモンスターを刈り尽くしているので、あいり達のパーティーはすんなりと通ることが出来た。

 四層から空気が怪しくなっていき、ゴブリンやオークが出てきた。

 フリッツとリチャードが前衛にて攻撃魔法を唱える。ドワーフのアドルフと回復役ヒーラーのアウラは後衛にて支援魔法を唱えてフリッツ達を援護する。


 そんな中、登録販売者のあいりは一番後ろで身を縮こませて震えるしか出来なかった。

 ざしゅ、とリチャードが大剣を振るうと、オークの身が真っ二つに裂かれ、血と内臓が飛び出して、それはあいりの頬についてしまう。


 あいりは思い出した。あれは確か小学生の時。食育の一環とかで社会科見学で屠殺場に連れて行かれ、豚を電気で仮死状態にした後血抜きを行って各部位の肉へと切り分けられていった、あのときに感じた嫌悪感。それをあいりは思い出してしまい、意識が途切れそうになった。


「おいおいマレビトさん、大丈夫かよお?」


 リチャードが血まみれの手をこちらに差し出してくる。真っ赤なその手を握る勇気はなく、あいりは壁に手を付いてなんとか立ち上がった。


「マレビトさん、顔色が悪いですわよ」

「あ、アウラさん、お構いなく。ちょっと気持ち悪くなってしまっただけですから」

「お前の世界ではモンスターは出ないのか?」

「モンスター……はいないですね。食用の動物はいましたが、専用の屠殺場で専用の職人が捌いていましたから」

「ふうん。ならオークの肉を食べたことはないのか」


 フリッツが倒したオークの血抜きを始める。血が頸動脈から大量に出て、ダンジョンの地面を汚す。それを見てあいりは口元を押さえて横を向いた。


「フリッツ。血抜きをやるならダンジョンの隅でな。あんまり地面を汚すと他の冒険者からクレームが来る」

「アドルフ。解体を手伝ってくれ」


 オークの死体を持ってダンジョンの隅に移動したフリッツ達は、なんのこともないように淡々とオークを解体していく。あいりは小さく悲鳴をあげ、アウラの背に隠れる。


「マレビトさん? 解体を見るのは初めて?」

「いえ、子供の頃見せられましたが、やっぱり気持ち悪くて……」

「オークは皮は捨てるしかないですが、肉はとても美味しいですよ。内臓はアヒージョにすると美味しいです」


 あいりは横を向いたまま、解体現場を見ないように固く目を瞑る。

 わかっている。ここは異世界で、これは生きていくために必要なことなのだと。だが現代日本からやってきたあいりにこれは刺激的すぎる。

 フリッツは返り血で頬を汚しながら、リチャード、アドルフと共に黙々とオークを解体していく。皮を剥ぎ、内臓をとって、肉を部位ごとに分けていく。そうして一時間もすればオークは骨、皮、内臓、食用肉へと変わっていった。


 リチャードが火魔法で火を熾し、ドワーフのアドルフがフライパンを取り出しオリーブ油? のような香りの強い油をひいて肉を焼いていく。別の場所ではフリッツがこれまたオリーブ油にニンニクを入れて内臓のアヒージョを作っていく。その様子は手慣れていて、彼らはダンジョンで料理を作ることに慣れているのが分かった。


 肉の焼ける香ばしい香りがダンジョン内に満ちる。他の冒険者もなんだなんだとフリッツ達を見る。あいりは先ほどまで感じていた嫌悪感もなんのその、彼らの手際を見て美味しそうだ、と生唾を飲み込む。


「出来たぞ」


 アウラが用意したシートの上に、フリッツ達がオークのアヒージョとステーキを皿に載せて並べた。

 これは! 所謂ダンジョン飯!


 アウラは鞄からパンを取り出し、ナイフで取り分ける。あいりは立ったままだ。


(座って良いのだろうか)


 自分は何もしていない。それどころか解体を気持ち悪いとまで思ってしまった。こんな自分にオークの料理を食べる資格はないんじゃ……


「マレビト。なにを突っ立っている。座れ」

「え……座って良いんですか?」

「なんだ、食べたくないのか?」

「! あ、いえ、いただきます」


 あいりは靴を脱いでシートに座ると、差し出されたステーキをじっと見る。

 これがさっきまで戦っていたオーク……。こうして料理になったのが不思議に思える。

 アウラからフォークとナイフを借りて、一口大に切って食べる。


「美味しい!」


 あいりが目を大きくさせて言う。

 本当に美味しい。味は豚肉に似ていて、固くなく香ばしい。香油とバジル? が上手く溶け合っていくらでも食べられそうだ。


「アヒージョもどうぞ」


 アウラが勧めてくるので、あいりは内臓のアヒージョをいただいた。

 正直、モツは独特の味があるからあいりはあまり好きではない。だが熱々のアヒージョは内臓の臭みをなくし、ニンニクがいいアクセントになっている。

 リチャードがパンにアヒージョの汁を付けて食べている。あいりも真似してアウラから貰ったパンにアヒージョを付けて食べた。フランスパンのように固いそのパンに汁はよく染みて、こちらも美味しい。


 ステーキを分けて食べていると、別の冒険者パーティーが覗きにやってきた。オーク一頭の肉の量は五人で分けても多く、隊の長であるフリッツは金貨三枚で肉と骨を売った。


「なんで骨まで?」

「骨からはいい出汁がとれるからな。じっくり煮込むと美味い汁ができる」


 アウラが水魔法で出した水をポットに入れて、持ってきた茶葉を入れて少し経つとお茶が出来る。アウラが持参していた可愛いティー・セットで優雅に食後の茶を飲みながらフリッツは言った。

 ……今って冒険中だよね? こんなのんびりしてていいの? いや、ダンジョン飯は美味しいけどさ……。


「よし、食い終わったし探索を再開しよう」


 フリッツが立ち上がり、アウラはシートとティー・セットをトランクに仕舞い、アドルフはナイフとフォークを片付け、リチャードは火を消す。


 あいりは隅の方に放置されているオークの頭蓋と骨の一部が気になった。あれはあのまま野ざらしにするのだろうか?

 あいりは手で土を掘る。爪の間に土が入って変な感じだ。だがあいりは掘るのを止めない。


「マレビト。何をしている」

「このオークの頭と骨だけでも土に返してやろうと思って」


 フリッツとリチャードが視線を合わせる。敵のモンスターも葬る習慣は彼らには無い。


「素晴らしいですわマレビトさん。モンスターすら丁寧に埋葬しようというそのお心、それこそ新世代の冒険者に必要なものですわ」


 聖職者のアウラは感激し、ステッキで穴を掘るのを手伝ってくれる。そんな女二人を見てドワーフのアドルフがスコップを取り出して穴を掘ってくれる。フリッツは未だ納得がいかないように眉を顰めている。人に害をもたらすモンスターなど、食用にさばくか野ざらしにすればいいのに。


(偽善だな)


 フリッツは手伝わなかった。聖職者の間では敵にも慈悲を、という考え方があるらしいが、冒険者である自分にとって、モンスターは絶対悪なのだ。葬るなどあり得ない。

 あり得ないのにマレビトのあいりはオークを土に埋めて、アウラの経に手を合わせて目を瞑っている。それがフリッツには面白くない。


「マレビト。知っているか。俺たち人間がオークを食べるように、オークも人を食うぞ」

「え……そうなんですか?」

「ダンジョン探索は食うか食われるかだ。覚悟して置いた方がいい。毎回モンスターを埋葬している時間はないぞ」

「………………」


 あいりは微妙な顔になった。

 確かに毎回倒したモンスターを埋葬していったらきりがない。でも死んでいった者を弔うことは悪いことではないはずだ。少なくともあいりの価値観では。


(でも、この世界ではそれは通じないんだ)


 改めて自分は異世界に来たのだな、と思い知らされた。

 オーク肉の残りは収納魔法で新鮮に保存し、あいり達は第三層以下に潜っていく。オーク肉は美味しかったけど、相手も人間を食べて喜んでいるんだ、とあいりはざらついた気持ちになりながらフリッツ達の後を追ったのであった。




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