第6話 美人エルフがいれば、後はもうどうでもいいのかも。

 光魔法の適正は珍しい。

 どこの冒険者パーティーでも治癒師の需要は高く、パーティー選びは引く手数多だとか。


 受付嬢は自分ごとのように笑顔で、そう説明してくれた。


 治癒師として魔法の技術を磨いていきましょうとも。そして明日、現役の治癒師がギルドでおれを師事してくれるらしい。


 だからまた明日、おれはギルドへ行くことになるだろう。


「治癒師か……………」


 冒険者登録は治癒師としての技術が身に付いてから発行される。ギルドが行う冒険者育成、その特待生的なことで話は進んだ。


 よって、受付嬢が言っていたように、本来掛かるはずの費用は免除された。


「……………治癒師、か」


 ギルド外の敷地内に置かれたベンチに、おれは腰を下ろしている。


 日差しが暖かい。

 吹く風も心地良い。

 行き交う冒険者たちの視線も気にならない。


 ただただ、受け入れがたい現実に打ちのめされている。


「いや、なんでおれ、こんな落ち込んでだよ」


 落ち込むべきとこが違うだろ。

 普通なら異世界に転移したという現実に、もっと落ち込むべきじゃないのか。


 我ながら、恐ろしいくらい異世界転移に順応している。


 母さんと父さんは今頃何をしているだろうか。おれは行方不明ってことになっているのだろうか。もしそうなら、めちゃくちゃ心配させてしまっている。


 でも、もう戻れないかもしれない。

 アニメの中だと、ほとんど戻れてない。


 ハイベルクさんも日本人という、異なる世界の住人が訪れる現象については全く知らないようだった。


 何故か今になって孤独感が襲ってくる。

 ある意味、今が一番冷静なのかもしれない。


 今まではどこか高揚していて、普通じゃなかった。


「てか、この後どうしよ…………」


 雲一つない青空には直視できない輝きを放つ太陽。この世界でも、あれを太陽と呼ぶのだろうか。


 まだ正午にすらなってないだろう。

 冒険者登録は出来なかったが、明日から冒険者になるための鍛練が始ま————


「っておれ、マジで冒険者になんのか?普通にヤバいだろ。ドラゴンとか絶対倒せないぞ」


 あぁ————でも、おれ治癒師だったわ。


 役割的に戦わないじゃん。

 それはそれで安心する半面、魔法使いになりたかったとも思う。


 と言うか、この展開には文句を言いたい。

 おれは異世界転移したわけで、何かの手違いとかなら補償のチート能力が貰えてもおかしくない。


 もし誰かが召喚魔法とかで、おれが転移してしまったのなら、その召喚魔法を使った奴がいないのは何故だ。


 それに普通、勇者召喚とかだろ。

 確かにおれには凄い魔力量があるらいしが、適性が光魔法の治癒魔法って勇者としてどうなんだ。


 治癒師の勇者とか聞いたことないんですけど。


 いやまあ、治癒師主人公の異世界アニメとかもあるけど、おれが求めていたのはそういうんじゃない。


 もっと王道的な魔法使いルートが良かった。


 もういい。

 夢ならもう覚めてもいい頃合いだろう。


 そんなこと考えても、これは夢じゃないのでどうにもならない。


 あの中華料理屋に帰る。

 現状、おれの行くあてはそこしかない。


 生活に慣れるまで居てもいいとハイベルクさんは言ってくれた。


 だがしかし、あの中華娘。

 あの中華料理屋にはリンがいる。

 何故か、物凄く嫌われてしまっている。


 いや、リンはもともとあんな性格なんだろうけど。


 帰る気が起きない。

 かと言って、ここのベンチに数時間も居座るなんてことも出来ない。


 行き交う冒険者たちの視線が凄いのだ。

 今も物凄く見られている。

 一人、また一人と立ち止まって見てくる始末だし。


 流石に多くないか。

 数人とかじゃ利かない。

 数十人は立ち止まって、こっちを見ている。


 おかしい。


 そんなおかしい視線はおれ———ではなく、おれの隣に向けられていた。


「おわっっっ!!?びっくりしたっ………!!!」


 隣に目をやって、思わずベンチから飛びのいてしまった。


「ヒナギくん、驚きすぎ」


 おれの驚きぶりに、ステラさんがくすくすと笑う。


 何だろう。

 胸が痛い。

 さっきまでの悩みが吹き飛んでいくかのよう。


 美人エルフはすべてを解決するのかもしれない。


「ちょっと集まり過ぎちゃったね。どこか行こっか」


「えっ………っっっ!?」


 有無を言わさず、ステラさんはおれの手を掴むと、そのまま人波を割ってギルドの外へ。されるがままのおれだったが、ギルドを少し離れたところで我に返った。


「どっ、どこへっ!?」


「ん?別に決めてないよ。もう大丈夫そうだね」


 手が離れる。

 もっと手を繋いでいたかったと、心のどこかで———


 いや、心から思う。


「こっちこっち」


 またも招かれるがままに、おれはステラさんの後をついて行く。


 するとあっという間に閑散とした路地裏的なところに移動していた。路地裏といっても東京にある路地裏とは比べ物にならないほど綺麗な場所だ。


 まず水路がある。

 流れる水は底が見えるほど透き通っている。


 路肩には背の低い緑が生い茂り、上を見れば建物両端から伸びるロープに洗濯物が干されている。


 日本ではまず見られない。

 ベネチア水の都を思わせる風景だ。


「ここいいでしょ?人もいないし、綺麗だし。お気に入りの場所なの」


 あなたの方が何万倍も綺麗です。

 美人エルフのご尊顔を拝ませてもらっておきながらも、この言葉は内に秘めておく。流石に言葉にしたら気持ち悪いだろう。


 おれは改めて言葉を返す。


「こんな場所も、あるんですね」


 平凡だ。

 平凡な男子高校生なので、そんな洒落た言葉を返せるわけないだろ。


 今はステラさんと二人きりという緊張を抑えるだけで精一杯なのだ。


「元気になってくれたかな?」


 おれが目を合わせようとしないからか。

 ステラさんは覗き込むようにおれを見つめてくる。


 咄嗟に逃れようと目を逸らすが、ステラさんも負けじと追って来る。こんな間近でステラさんの顔を拝むのは心臓に悪い。


 緩みかけた口元を手で隠し、おれは逃げるのを諦めた。


「べ、べつに、元気ですよ、おれは………」


 やべえー、まじ可愛すぎる。

 可愛すぎて心臓止まるかと思った。

 それにめっちゃ良い匂いしたし。


「そう?ベンチに座ってるヒナギくん、全然元気なさそうだったよ」


 いつから見られていたのだろうか。

 ただ、隣に座ったステラさんに気付けないくらい深く考え事をしていたのは事実だ。


「元気づけるためにおれをここまで?」


「それもあるけど、それだけじゃないかな」


 そ、それはもしかして。

 ステラさんもおれに一目ぼ—————


「ヒナギくんは優秀な治癒師候補だからね。パーティーに勧誘するのもありかな~って」


 勘違いでした。

 てか、勘違いってのもおこがましい。


 ステラさんがおれなんかに一目惚れするわけないだろ。どうやったら勘違いするというのか。まったく馬鹿馬鹿しい。


 そう自分で思っておいて虚しくなるのだから、またさらに馬鹿馬鹿しくなってくる。


「まぁでも、わたしが個人的にヒナギくんを気になったのもあるよ」


 勘違いじゃないかもしれない。

 今、ステラさんはおれに気があると。


 違うか。

 気になったか。


 いやでも、ニュアンスはほとんど一緒だろ。

 一緒みたいなもんだ。


「どどどどどど、どこがっ、ききき、気になって……?」


 落ち着け、おれ。

 今のは流石に挙動不審過ぎる。


 深呼吸だ。

 深呼吸。

 まずは精神を落ち着けるところからだ。


「全部だよ」


 好きです。

 日本にいる時から、貴方のことが好きでした。


 ダメだ。

 ステラさんの可愛さが限界を突破している。

 落ち着こうにも、落ち着くどころじゃないのだ。


 天は二物を与えずと言うが、この可愛さでステラさんは一級冒険者だとか。ベンチでの一幕を思えば、ステラさんは冒険者の間では有名人で、一級冒険者という肩書きも伊達じゃない。


 可愛さと強さ。

 天は二物を与えている。


 おれも欲しかったな。


「少し歩こ」


 金髪を翻し、ステラさんは水路の隣を歩き始める。


 ステラさんの後ろ姿は輝いて見えた。

 艶やかな金髪に日差しが反射しているからか。それとも、おれの目にはステラさんという存在そのものが輝いて見えるからか。


 考えるまでもない。

 後者に決まっている。

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異世界主人公になれるだろうか~中華料理屋で働く看板娘と赤髪イケメン冒険者がいるせいで、主人公になれそうにないんだが~ 冬冬 @Winter86

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