第5話 美人エルフは異世界にいる。

「すみません、遅くなってしまって」


「大丈夫で、す……よ………?」


 誰だ。

 戻って来たのは受付嬢だけじゃなかった。

 これまた、とてつもない美人を連れて、美人受付嬢は戻って来たのだ。


 この異世界の女性は美人ばかりなのか、と思うところではあるが、ここへ来る道中でそうじゃないということは証明されている。


 単純におれが出会う女性たちが美人なだけ。

 そう考えると、ますますアニメの主人公って感じがする。


「こちら一級冒険者のステラ・フィアットさんです」


 受付嬢が紹介する。

 一級冒険者がどれくらい凄いものなのか、いまいち分からないけれど、外見だけで言えばステラさんに冒険者感はない。


 腰に提げたレイピアのような細い剣が唯一の冒険者要素だろう。


 そしてそんなことよりも、おれの目を一番引いたのは尖った耳だ。エルフの特徴と一致する耳をしているのだから、おれの目が釘付けになってしまうのも仕方ないことだった。


 金髪碧眼の美人エルフ。

 眼福にも程があるし、もはや美人とかそういう次元を凌駕しているのではないか。


「彼、すごい見てくるけど、どうしちゃったの?」


「ヒ、ヒナギさん?大丈夫ですか?」


 受付嬢の手が眼前を往復する。

 そのおかげで、我に返ることが出来た。


「はっはい!大丈夫ですっ大丈夫」


「君、変な恰好してるね」


「にほん、という場所からいらしたみたいなんですよ。私は存じ上げなかったんですけど、ステラさんはどうです?」


 椅子に腰を下ろし、机の上に丸い宝石のようなものを広げながら受付嬢は言う。


「にほん?さあ?聞いたことないかな」


 小首を傾げながらステラさんは言葉を返す。

 そしてまた、ステラさんの目はおれに戻る。


「ヒナギくんでいいんだよね?」


「は、はい……雛季、紫乃です」


 何だか、もの凄く緊張する。

 受付嬢も相当な美人ではあるが、ステラさんは別格だ。エルフという属性がこの緊張の原因であることは明白だ。


 おれはエルフ好きなのだから。


「魔力水晶を割ったって聞いたんだけど、ちょっといい?」


 何がいいのか。

 分からないけどいい。


 しかし、おれが頷くよりも早くにステラさんが動いた。おれの手を握ってきたのだ。それもただの握手とかじゃない。


 おれの指の間に指を入れてきた。

 今、おれが指を下ろして握り返せば、俗に言う恋人繋ぎ的な。


「あああ、あ、あの、あのっ………っっっ!?」


 当然、握り返すなんてことが出来るわけなく。


「ごめんね、急に」


 ステラさんの手が離れる。

 もうなんか、好きです。

 正直、好きになってしまった。


 ちょろいとか言われても仕方ない。

 当たり前だ。


 ステラさんはとんでもなく美人で、とんでもなく可愛いのだから。逆に一目ぼれしない方がおかしいくらいだ。


「でも、ほんとだね。すごい魔力量。わたしと同じくらいあるかも?」


「ステラさんと同じっ………!?」


 驚くのは受付嬢だ。

 今のおれは、ちょっとそれどころじゃない。


「なんとなくだよ?正確に測れるわけじゃないからね。でも、確かに魔力量は一級冒険者の魔法使い並み」


 恋人繋ぎの感覚に酔いしれる中でも、流石に聞き捨てならなかった。


 一級冒険者の魔法使い並み。

 冒険者の中での最上位が一級であるのなら、その魔法使い並みということは、一級冒険者の魔法使い並みということだ。


 語彙力も思考力もままならない状態ではあるが、異世界アニメの王道展開であることに間違いはない。


 アニメの最強主人公みたいになれるのであれば、異世界に中華料理屋があってもいいし、あの中華娘に嫌われたって構わない。


「では、属性を確認してみましょう。魔法には人それぞれ適性属性があります。合わない属性の魔法では、成長は著しく落ちてしまいますので」


 机の上に置かれる丸い宝石は七個。

 それぞれ属性ごとの魔法石で、適性のある魔法石に触れると光が灯るらしい。


 期待を裏切らないくらい想像通りの展開だ。


 魔法石は右から赤色、青色、緑色、茶色、紫色、水色、白色。属性で表すなら、火属性、水属性、土属性、雷属性、氷属性。


 白色は何だろうか。

 無属性とか?

 無属性魔法っていうのも何だかカッコいい感じはする。


 深呼吸を経てから、おれは魔法石に触れる。


 まずは赤色の魔法石。

 反応無し。

 火属性の適性はないようだ。


 次は青色の魔法石。

 反応無し。

 水属性の適性もないみたいだ。


 お次は緑色の魔法石。

 反応無し。

 風属性の適性もないみたいだ。


「あの、これ全然光らないですけど………」


 流石に三連続で反応が皆無だと冷や汗が滲む。思わず聞いてしまったが、二人の表情も芳しくないように見えるのは気のせいじゃないだろう。


「ん~珍しいね。普通、少しは光るものだよ。反応がないってことは使えないってことだから」


 さようなら、火属性魔法。

 さようなら、水属性魔法。

 さようなら、風属性魔法。


「そ、そう、なんですね………て、適性がないって場合は……?」


 恐る恐る聞く。

 大丈夫だと、一つは必ずあると。

 そんな答えを期待していたのだが。


「ん~どうだろ」


 ステラさんは苦笑いだ。

 苦笑いさえも素敵です。


 素敵な苦笑いと同時に描いていた未来が崩れる音が遠くから聞こえてくるが、気のせいだと思うことにする。


 まだ、魔法石は残っているのだから。


「だ、大丈夫ですよ!魔力があって、適性属性がない人は本当にごくごく稀ですから!」


 それ、全然大丈夫じゃないんですけど。


 あ~ヤバい。

 おれはそんなにポジティブな人間じゃない。良い方向よりも悪い方向に物事を考えてしまうような人間で、こういう場合も適性がないのではと思ってしまう。


 そして、一度そう思うとそれが中々頭を離れてくれなくなる。


 受付嬢の優しさが返っておれを緊張させる。心臓の鼓動が大きく聞こえ、残った魔法石に目を向けるのすら怖く感じる。


 しかし、やるしかない。

 いくらダメだと悲観的になっても、可能性は残されているのだ。


 自分自身を内心で叱咤し、残る魔法石に手を伸ばす。


 茶色の魔法石。

 反応無し。

 さようなら、土属性魔法。


 まだ大丈夫。

 まだ大丈夫だ。


 紫色の魔法石。

 反応無し。

 さようなら、超電磁砲レールガン


 ま、まだ。

 まだ、大丈夫だ。


 水色の魔法石。

 反応無し。

 さようなら、氷○丸。


 ま……ま、まだ…………


 大丈夫という言葉が、おれの脳内から消失してしまった。


 受付嬢も、ステラさんも、見ることができない。ただ残された白色の魔法石に目を落とし続けることしか出来ない。


 もし、白色の魔法石が光らなかったら。

 おれには適性の属性が無いことになる。


 普通は少し光るものとステラさんは言った。光らないということは使えないとも。


 要するに適性じゃない属性の魔法でも多少は使えるのが普通であり、全く使えないのは普通じゃない。


 現状、おれは七個ある魔法石の内、六個の魔法石に触れて反応がゼロ。そして、魔力があっても適性属性がない人はごくごく稀だと受付嬢は言った。


 六連続で反応無し。

 もはや確定演出だ。


 泣いてしまいそうだ。

 と言うか、泣きたい。


 落差が酷過ぎる。

 上げて落とすなんて悪魔の所業だ。


 そもそも、こんな展開を誰が望んでいるというのか。


 異世界転移初日で日本人を知る現地人と出会い、衣食住を提供してくれるかもしれない。そんな幸運の帳尻合わせで、魔法を使わせないというのなら…………


 納得……はしたくない。

 したくないけど、するしかないのか。


 諦観を抱きながら、おれは最後の魔法石に触れた。磨かれたような白石の表面に指先が最初に触れ、次に手のひら全体で覆う。


 光は灯らず、反応無し。


 そうなると思ったのはおれだけじゃないはずだ。白い魔法石はしかし、指先の合間から白光を見せた。


 魔法石が光った。

 魔法が使えるのだ。

 驚きで開いた口が塞がらない。


「ひ、光った………」


「光魔法がヒナギくんの適性ってことだね」


 光魔法。

 白色の魔法石は光属性だったのか。


 しかし、光魔法と聞いて思い付くのはどれも補助的なものばかり。


「どんな魔法なんですかね……?」


「代表的なのは治癒魔法かな。ヒナギくんなら、きっと凄腕の治癒師になれるよ」


 治癒師。

 凄腕の治癒師。


「は、ははは……よかった、です………」


 魔法が使えるという安堵。

 そして、使える魔法が治癒魔法だという肩透かし。


 乾いた笑みが心の底から溢れるのだった。

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