第4話 冒険者登録は簡単じゃない。
「冒険者志望ということで?」
何だか歓迎されていない感じがするのは気のせいだろうか。
俗に言う、ギルドの受付嬢は珍妙なものを見るような目でおれの全身を眺めている。しかしここは異世界アニメ通り、受付嬢は美人だった。
「は、はい……登録できますかね……?」
歓迎されていない感じがするせいで、何だかこっちも気まずい。
「登録は可能ですが、その……大丈夫ですか?お金が欲しいからという理由で冒険者を志望するのは危険です。ちゃんとした技術を身に付けてから、冒険者になられた方がよろしいかと」
何も言っていないのだが、冒険者としての技術が無いと判断されたらしい。いや、その判断は全く間違っていないのだけれど。
受付嬢として、おれの身を案じての言葉だろうし、感謝しかないが、冒険者登録しないとおれはモンスターにではなく、あの中華娘に殺されてしまう。
それくらいの殺意という名の圧をリンからは感じた。
「ギルドでは冒険者育成も行っていますので、まずはそちらで基礎的な技術を身に付けるのはどうでしょうか?お金は掛かってしまうのですが………」
「そう、ですか………お金か………」
リンからはお金のために冒険者登録して来いと言われ、ギルドからはお金を払ってまずは技術を身に付けろと言われる。
いやもう、おれはどうすればいいのだ。
「なげえぞ!いつまで待たせんだよ!」
考えたところで答えは出ず、後ろからは怒号が飛ぶ。
まだそんなに待たせてないだろと内心では思ったものの、振り返って怒号の主が板金鎧のいかつい禿頭おやじだったので、当然言い返すなんて出来るわけもなく。
「少し、考えてみます」
何だろう。
周囲の視線が痛い。
おれは見るからに弱そうで、事実ただの高校生で喧嘩もろくにしたことがない。制服姿も相まって冒険者には決して見えないし、ここでは圧倒的に浮いてしまっている。
「待ってください!」
逃げるようにギルドを去ろうとして、呼び止められた。
振り返ると対応してくれた受付嬢がこちらに向かって来ていた。
「適正を見てみましょう。適正によっては冒険者育成の費用が免除される場合があるんです。だから、適正を見るだけでもしていきませんか?」
神様はハイベルクさんだけじゃなかった。
受付嬢の優しさが目に染みる。
別に泣いたりはしないけど、異世界人は人によって対応の差が激し過ぎないか。
「はっ、はい!お願いします!」
だがまあ、ただの高校生に冒険者の適正はあるのだろうか。残念な結果になる未来しか見えないけれど、今のおれに出来るのはそんな小さい可能性に賭けることだけなのだ。
受付嬢に連れられ、ロビーを離れる。
「あまりお見掛けしない服装ですね。どこからいらしたんですか?」
やはり、おれの恰好はこの世界では変なのだ。服装だけで、ここの人間じゃないと判断されるくらいには。
「に、日本ってところから」
答えて、どんな反応されるかは容易に想像できた。
「にほん?聞いたことない地名ですね……」
ですよね。
分かり切った反応におれは苦笑いを浮かべておく。
「余計なお世話かもしれないですけど、その大丈夫ですか?今日、泊まるところとか、お金とか………?」
まあ、そうだろう。
おれでも、立場が逆だったら同じことを思う。
「それは、大丈夫です。面倒を見てくれるところがあるので………」
「そうですか。それなら良かったです」
面倒を見てくれる………よね?
ハイベルクさんは店に居ていいと言ってくれたけど、あの中華娘がいるのだ。何があるか分からないから恐ろしい。
「こちらです」
そこは個室だった。
「えっと、剣の技術って、あったりしますか……?」
個室に入る前に聞かれる。
受付嬢の問い方からも、答えは言うまでもなかった。
言うまでもないが、答えないと進まない。
「ない、です。はい………」
「そ、そうですか……それじゃあ、魔法の適正を見てみましょうか。魔力測定をしますので、ここでお待ちください」
魔法。
やはり、この世界には魔法がある。
異世界に何故か中華料理屋があるし、異世界初日で冒険者登録させられるし、全くアニメ通りの展開ではないけれど、魔法は流石にテンションが上がる。
通された個室は机と椅子が二つだけ。
取調室みたいに簡素な部屋だが、大きい窓があるので閉塞感はない。
椅子に座って、受付嬢を待つ。
受付嬢は魔力を測定すると言った。アニメであれば、魔力測定の魔道具的なものがあり、その魔道具に手を触れると魔力量が分かる。
「お待たせしました」
戻って来た受付嬢の手には水晶のような球体が。
「アニメで見たやつっ………!」
「は、はい?あにめ?」
「あ、いやっ。何でもないです」
チート能力がなくて、中華料理屋があるのは変だけど、ギルドとか冒険者とか、この魔力を測定する魔道具とかはまんまアニメ見たやつだ。
世界観は基本的にアニメに準じている。
ただ、展開がおかしいだけ。
だがしかし、アニメの主人公であればこの魔道具に触れた瞬間、秘められた膨大な魔力量のせいで水晶玉が割れるというのが定石だが————
パリンっっっっ!!!
「わ、割れた…………!?」
受付嬢の驚く顔。
割れた水晶玉。
「お、おれにも魔力が…………!」
「水晶が割れるなんて………!すごい魔力量ですよ!」
マジですか。
ようやく、王道展開が訪れた。
内心で嬉しさを噛み締めながら、あくまでも冷静を装う。
「じゃっじゃあ、おれって魔法が使えたりしますっ!?」
装えているだろうか。
いやまあいいか。
魔法が使えるかもしれないのだ。
それも魔道具が測定できないくらいの魔力量があるとか。
「そ、そうですね。この魔力量ならもの凄い魔法使いに………」
最強主人公。
まさに王道展開だ。
驚愕する受付嬢の表情からも、おれはマジの本気でもの凄い魔法使いになれるのかもしれない。今はまだ、魔法のま文字も知らないけれど。
動揺気味の受付嬢だったが、冷静さを取り戻すように一息つくと口を開いた。
「魔法の属性も調べましょう。それとヒナギさんは魔法使いとしての適性が非常に高いと思われるので、冒険者育成の費用も免除されるはずです。良かったですね」
美人な受付嬢は笑顔でそんなことを言うのだから、危うく惚れてしまうところだった。
「はい!」
受付嬢は割れた水晶を手早く片付け、個室を後にする。今度は魔法の属性を調べる道具でも持ってくるのだろう。
「属性かぁ………火、いや……雷とか氷がいいな」
火属性は少し王道過ぎる。
雷とか氷とかの方が、クールな感じがしてカッコいい。
雷属性であれば
氷属性であれば「霜天に坐せ」的なことが出来たり?
「やべ、マジかよ、マジかよ」
笑みがこぼれるとはこのことを言うのだろう。意識して律していないと口の端が笑みで緩んでしまう。
今のおれは相当だらしない顔をしているかもしれない。受付嬢が戻って来るまでには冷静さを取り戻さなければ。
と思っていたのだが、出て行った受付嬢は中々戻って来ない。
「ドッキリとかじゃ、ないよな………」
今の状況がドッキリでないとおかしいのだが、それは置いておこう。異世界に転移したのはドッキリじゃなくて現実のようだし。
十分くらい経っただろうか。
「すみません、遅くなってしまって」
ようやく受付嬢は戻って来た。
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