第3話 中華娘には毒がある。

 店の外に出てから数分。

 単純に追い出されただけなのではないかと、心配になるタイミングで、中華服姿のリンが店から出て来た。


 店前の通りは少なくない人が行き交う。

 学校の制服姿が奇抜なのか、さっきから行き交う人たちから視線を浴びせられている。


 そんなおれと、これまた奇抜な中華服姿のリンが合わされば注目の的だ。


「見せもんじゃないんだけど」


 さっきからジロジロと視線を向けて来ていた集団にリンが言い放つ。すると集団は蜘蛛の子を散らすように去って行った。


 もの凄く可愛いのだが、底知れない圧をリンからは感じる。


「うち、あんたを居候させるほど金ないから」


 そしておれにもピシャリと言い放つ。

 まあ想定通りの話ではある。


「長居は、おれも悪いと思うから………少しの間だけでも」


 リンは最後まで言わせてくれない。


「少しも何もないから。この店、常連しか来ないから売上ないの。分かる?あんたが客呼んでくれるわけ?」


 あれ、マスター?

 この子、どうすれば。


 ハイベルクさんは神様みたいな人だったけど、この中華娘は何なんだ。


 いやまあ、確かに店のためを思うなら、おれは邪魔だ。売上とか詳しいお金事情を知らないけど、カツカツで営んでいるのだろう。


 邪魔になってしまう自覚はある。

 だが、ここを離れても、おれには行くあてがないのだ。


 荷車のおじさんが冒険者志望でギルドに行けば、いろいろ話聞いてくれるとアドバイスをくれたけど、いきなり冒険者になるのも気が引ける。


 マスターの言うように、ここでの生活に慣れてから身の振り方を考えたい。


「店の手伝いはちゃんとす」


 またまた、リンは最後まで言わせない。


「いいからそういうの。人手が足りないほど、うち繁盛してないから」


 これまた、ばっさりと切り捨てられた。

 腰の悪いハイベルクさんに代わって手伝いを……となっても、それだけでは結局、収支はマイナスだ。


 しかし、どうしようもない。

 今のおれはハイベルクさんの優しさに甘えるしかないのだ。


「見せもんじゃないんだけど」


 ジロジロ見てくる通行人へ、またもやリンが圧を飛ばす。


 少し思うのだが、店が繁盛しない理由はこの中華娘にあるのではないか。決して口には出来ないけれど。


 黙り込むおれを前に、リンはため息を吐いた。


「ギルドに行って、冒険者登録して来て」


「えっ………?」


 ギルドに行って冒険者登録。

 冒険者になれと。

 リンはそう言っているのか。


「ぼ、冒険者って……冒険者に、なれと………?」


「それ以外あるわけ?分かったなら早く行って」


「いやちょっと待って!ギルドの場所とかおれ分かんな」


 またまたまた、リンは最後まで言わせてくれない。


「左、右、左、真っすぐ。大きい建物あるから。それがギルド。もう分かったでしょ」


「あっちょっ、待っ—————」


 リンの指差した方向に目をやっていたおれの隙を突き、リンは店の中へ戻ってしまった。ついでに施錠する音が聞こえた。


 施錠された扉とリンの指差した方向を、おれは交互に見やった。


「……………マジかよ」


 中華娘の横暴過ぎる横暴に語彙力が失われる。


 ちょっと待って欲しい。

 ハイベルクさんと話をさせて欲しい。


 面倒を見てもらう身で図々しいのは承知の上だが、これは流石に勘弁して欲しい。


 冒険者になるにしても、いろいろと過程を飛ばし過ぎではないか。異世界アニメの中であれば、冒険者はモンスターと戦う。危険な職業で、死ぬ可能性がある。


 それがおれの中にある冒険者の認識だ。

 そして、おれはただの高校生なのでモンスターと戦えるわけがない。


 チート能力とか貰ってないし、底知れない力が漲ってくるわけでもないし、魔法が使えるわけでもないし、ステータスも目の前に出てこないし。


 現状、おれはただの高校生なのだ。

 そんなただの高校生が冒険者になっても死ぬだけじゃないか。


 施錠された扉に手を伸ばす。

 しかし、手が届くよりも先に扉が開いた。


 そこにはハイベルクさん————ではなく、リンがいた。


「いつまでいるわけ。店開けられないんだけど」


 泣きたくなるほど嫌われている。

 何を言ってもダメそうだけど、黙っているわけにもいかない。


「急に冒険者になれって言われても、困るっていうか難しいっていうか………」


「は?困る?難しい?あんた、そんなこと言える立場なわけ?それに、あんた一人で依頼こなせって言ってるわけじゃないんだけど。黙って登録だけして来いよ」


 扉が勢いよく閉まる。

 今度は施錠されなかったが、この扉を開ける度胸はおれにはない。


 日本で生きた十七年の人生。

 女の子とは無縁の人生ではあったが、ここまで恐ろしい女の子に出会ったことはなかった。


 文字通り、恐ろしく可愛い中華娘。

 ギルドへ行くしかない。

 行くしかないのだ。


「登録だけ……登録だけ………」


 半ば放心状態ではあったが、リンの雑な道案内を頼りに足を進める。


 左、右、左、真っすぐ。

 中華料理屋のある小道から大通りに戻り、そこを左に曲がる。


 通りは日本の道路と似ている。

 左側通行。

 左右に歩道があって、通りの真ん中を荷車を引く地竜が行き交う。


 地竜が行き交う通りのど真ん中に立っていたおれは邪魔にも程があった。日本であれば車に轢かれていたかもしれない。


 学校の制服姿が故にすれ違う人たちからは物珍しい視線を向けられる。同じ人間からもそうだが、獣人や亜人といった人たちからも物珍しそうに見られる。


 おれからすると、獣人亜人の方が珍しい。

 珍しいというか普通じゃない。

 ここが異世界なんだと実感させられる。


 物珍しい視線を向けられるだけで、変に絡まれたりとかはなく、大通りを右に曲がって小道に入り、小道を進んでまた左に曲がる。


 するとまた大通りに出て、真っすぐ進むとリンの言う通り、大きな建物が見えてきた。


 日本ではまず見られない建築物だろう。

 洋風建築。

 いや、ゴシック建築かバロック建築か。


 分からないけど、建物外壁は曲線とか楕円と複雑な形状をしている。


 荘厳という言葉が相応しい。

 異世界アニメで描写されるギルドの建物の数倍は豪華で豪奢だ。


 ギルドからはザ冒険者といった風貌の人たちが出入りしている。ここへ来る道中でも、冒険者っぽい人たちとは何度もすれ違っていた。


 剣や弓、錫杖、板金鎧にローブなどなど。

 見るからに強そうな出で立ちだ。


 そんな冒険者たちに混ざって、装備とは決して言えない学校の制服姿のまま、おれはギルドへと足を踏み入れるのだった。

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