第2話 異世界について知る。

「うちに何か用」


 不審者扱いされているのは明白だった。

 追い払うかのような目付きと声音。

 そんな雰囲気を感じ取れないほど鈍感じゃない。


 だがしかし、ここで逃げるわけにもいかない。


 知らないものばかりのこの異世界で唯一、この中華料理屋にだけは繋がりを感じられるのだから。


「あ、あの、聞きたいことがあって……」


「うち、そういうサービスしてないので」


 食い気味に拒否られ、扉を閉めようとするので、咄嗟に手が動いてしまった。


「あぁっちょっとだけでっっっっ痛い痛い痛い痛いっっっ!!!挟まってるっ!?挟まってるからっっ!?」


 閉められる扉を掴み、止めようとしたのだが、中華娘はとんでもない力だった。扉を掴んで止めようとしたおれの指ごと閉められ、指先を盛大に挟んだ。


 指を挟む扉を開けようと引っ張るが、これまたビクともしない。


「痛い痛いっっっ!!!ほんとに痛いからっ!!!」


 激痛に声を上げ、ようやく扉が開いた。


「帰れって言ってんだけど」


 指先の痛みは和らいだ。

 しかし、今度は目の前の中華娘に殺されそうだ。それくらい殺伐とした視線を向けられている。


「す、少し、話を聞いてほしいだけで……その………」


「あんたの話なら詰所の憲兵にでも聞いてもらえば。うちには関係ない」


 とりつく島もないとはこのことか。

 ここまで冷たくあしらわれるのは生まれて初めてかもしれない。


 だが、ここで焦っても仕方ない。

 この中華料理屋は異世界に元からあるものじゃないはずだ。


 はずと言うか、明らかに異質だし、確信を持って言ってもいいくらいだ。


「おれ、日本からここに来て………その、日本って知ってますか………?」


 日本。

 この中華料理屋と日本の繋がりは明確過ぎるほどに明確。


 だから、日本というワードを伝えたら、何かあるのではないか。そんな思惑で口にしたのだが、結果は返答を待つまでもなかった。


 中華娘の表情が変わった。

 和らいだわけじゃないけど、追い払うような雰囲気はなくなった。


「あんた、変な格好ね」


「お互い様だと思うけど……あっ、いや何でも」


「うちの趣味じゃないから。この店の制服だから着てるだけだから」


「は、はぁ………」


 ブーメラン発言に思わず言い返してしまったが、中華娘は律儀に否定してきた。意外と気にしているのかもしれない。


「で、もしかしてあんた日本人とかってやつ?」


「日本人っ……そうっ、日本人!やっぱり、ここって日本人が店主とかだったり……?」


 異世界アニメでこんな展開はあるあるじゃない。転移初日で日本と異世界の繋がりを見つけてしまうなんて幸運にも程がある。


「マスターは日本人じゃない。この店を創った人が日本人とかって話。だから、もうとっくに死んでる」


 あれ。

 繋がりが絶たれるの早すぎないか?


「リン、何かあったのかい?」


 店の中から男の声が飛んでくる。

 リンというのは中華娘の名前だろう。

 もしかして、声の主は店主か。


 中華娘ことリンの背後に現れたのはエプロン姿のおじいさんだった。中華料理屋の店主というより、カフェのマスターみたいな風貌だ。


 もうなんだか、いろいろとちぐはぐだ。


「マスター、日本人。あの話、ほんとだったんだ」


 マスターのおじいさんに驚いた様子はない。

 あの話とは何なのか知らないが、おれ以外にも別の日本人がここを訪れている可能性はある。


「………そうかい。中へ入りなさい。いろいろと聞きたいことがあるだろう」


 こんな幸運なことがあっていいのか。

 金なし知識なし伝なしの状況を早々に解決してしまった。


 異世界で日本という繋がりを、こんな早くに得てしまうなんて、異世界アニメではあるだろうか。


 マスターのお言葉に甘え、おれは店の中へお邪魔する。


 店内は広くないが狭くもない。

 床は石造り、テーブルや椅子は木材。店内を照らすのはランブ状の明かりだ。火のようには見えないが、電気とかでもない感じがする。


 椅子に腰掛けたマスターが隣に座るよう促す。リンは仕事に戻るらしい。


 隣のマスターはリンの言う通り、日本人ではないのだろう。日本人っぽくないのだ。どういうところがとか、言葉にするのは難しいけど、感覚的に違うと分かる。


 そして中華服を着てはいるけど、リンも地球に住む人種ではない。


「君、名前は?」


 おれが椅子に腰掛けるとマスターは聞いてくる。


「雛季紫乃です」


「ヒナギ・シノ。苗字と名前だったか」


 別に疑ってはいなかったけど、このマスターは本当に日本人を知っているらしい。


「ハイベルクだ。この店のマスターをしてる、老い先短いじいさんだ」


 じいさんではある。

 だが、老い先短いようには見えない。

 全然元気そうだ。


「さて、なにを話そうか。ヒナギ君からすれば知りたいことだらけだろう」


 これは説明か。

 普通、異世界アニメだと最初に神様的な者から異世界転移とか転生についての説明があるし、その時にチート能力とか貰ったりする。


 おれの場合は日本人を知る現地の人からみたいだ。そして、中華料理屋の店主からチート能力を———流石にそれはないか。


「ここがどこか知りたいです」


 聞きたいことだらけだが、まずは無難な質問を投げる。


「ここかい?ハイゲン領都のウランだ」


 ざ、異世界って感じの街の名前だ。

 領都ということは領主がいるのだろうか。


「ヒナギ君は随分と落ち着いているね。知らない世界に訪れたというのに」


「いやこれでも結構、内心では焦ってますけど………アニメで見た展開なんで何とかなってるみたいな………」


「そうかい。あにめ、がなにか知らないが、取り乱しても状況は変わらない」


 アニメで見た展開通り、おれはハイベルクさんからこの世界についていろいろと説明を受けることになった。


 まず、ここはハイゲン領都のウランという街。正式に言うとティアーズ王国ハイゲン領都ウラン。


 そして、分かりやすく例えると日本の神奈川県横浜市。ウランは王都に次ぐ規模の街らしいので、王都が東京、ウランは横浜か大阪みたいな感じだろうか。


 ただまあ、ここがどこなのかと言うよりも、どうしておれが異世界に来てしまったのかを知るべきだろう。


 ただ、ここは異世界アニメの展開通りだった。異なる世界から来た日本人を知るハイベルクさんも、異世界転移については分からないと。


 そもそも、ハイベルクさんは現地の人だ。


 既に亡くなってしまっているハイベルクさんの奥さんが日本人と異世界人の間に生まれた人だと。そして、ハイベルクさんの奥さんの父親が中華料理屋をつくった日本人。


 中華料理屋をつくった日本人はシライという人で、ハイベルクさんは冒険者時代にかなりの恩があるみたいで、シライの娘と結婚し、冒険者引退後に店を継ぐことになった。


「ヒナギ君、行くあてはないのだろう?ここでの暮らしに慣れるまではこの店にいてもらって構わない」


 訂正しないといけない。

 ハイベルクさんは神様だ。

 その一言で、先の不安が晴れてしまったのだから。


「ありがとうございます!ほんと助かります!」


「ただ、店の手伝いを頼みたい。最近、肘を悪くしてね」


「はい!全然!おれに出来ることなら何でも————」


 そこまで言って、またも遮られる。


「マスター。うちにそんな余裕あるわけ?」


 中華娘ことリンだ。

 店内の掃き掃除をしていたが終わったらしい。


 聞き耳も立てていたのだろう。


「心配しなくていい。貯金がある」


 貯金を崩させるのは悪い気がする。

 しかし、今のおれは頼ることしか出来ないので何も言えない。


 マスターの言葉にリンも言い返さない。

 だが、表情からして良く思ってないことは明白だった。


「厨房の準備、まだ終わってないでしょ」


 リンがマスターを厨房へ追いやり始めた。

 そのまま厨房の準備を手伝うのかと思いきや、リンが厨房から顔を出す。


「あんた、外出てて。話あるから」


 言って、リンはすぐに厨房へ消える。

 話というのは良い話だろうか。

 良い話であって欲しいものだが、口ぶりからしてそうじゃない。


 初対面の印象も悪かった。

 リンはおれのことを良く思ってないのかもしれない。

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