異世界主人公になれるだろうか~中華料理屋で働く看板娘と赤髪イケメン冒険者がいるせいで、主人公になれそうにないんだが~
冬冬
第1話 異世界には中華料理屋がありました。
太陽系第三惑星の地球にある島国の日本。
その日本の首都東京で暮らすアニメ好きの平凡な男子高校生の
何てことないとある平日の夕方。
学校から帰る道中、十七年の人生で一番の眩暈に襲われた。しかし、その眩暈は一瞬で、視界が明瞭になった時には、そこは既に日本ではなかった。
そして現在に至る。
「ここ、どこ………?」
目の前を行き交う人たちがまずおかしい。
ヒトたちと言った方が正しいか。
日本人は黒髪黒瞳が一般的で、髪を染めている人もいるけど、あんな緑とか青とかは早々いるものじゃない。
そして日本人とか外国人とかでは形容すら出来ない部分もある。頭の上にケモ耳がついていたり、腰に蜥蜴みたいな尻尾がついていたり。
アニメ知識を稼働すれば、それは獣人とか亜人とかって呼ばれるものだろう。おまけに全身を鎧で包む者もいれば、怪しげなローブに杖を持った者もいる。
そんな行き交うヒトだけでなく、周囲の建物も現代のそれとは大きくかけ離れている。コンクリートではない石と木で造られた建物が隙間なく立ち並ぶ光景は、異世界アニメの中のそれだ。
「おいっ兄ちゃん、そんなとこ突っ立ってると邪魔だぞ」
背後から声が飛んできた。
咄嗟に振り向くと、そこには巨大な蜥蜴みたいな生物がいた。
「うわぁっっっ!!?」
蜥蜴生物は目と鼻の先。
数十センチくらいの距離にいて、流石に驚きで声を上げてしまった。
倒れはしなかったが、数歩後ろへ下がり、顔を上げる。
「ただの地竜だぞ。驚きすぎだろ」
声の主は地竜と呼ばれた蜥蜴生物ではない。
地竜が引く荷車の上、そこに乗っているヒトだ。
今回は人だ。
茶髪に薄緑色の瞳ではあるが、姿形は人間と言っていい。
「すっ、すみませんっ………!」
異世界に来て早々、叱られる羽目になるとは思わなかった。しかし、人通りのある道のど真ん中に突っ立っていたわけだがら、邪魔ではある。
颯爽と道の端へ行こうとしたが、荷車の人に止められた。
「なあ兄ちゃん、変な恰好してるな。どっから来たんだ?」
「どっから……あぁ、えっと、日本です」
突然の質問だったが、異世界アニメではあるあるの質問ではある。馬鹿正直に日本と答えて、返ってくる言葉も何となく想像はつく。
「にほん?知らねえな。遠くからか」
「は、はいまぁ。遠いですね、とんでもなく」
世界が違うので遠いとか、そういう次元の話なのか。
ここは日本でもなければ地球ですらない。
となるとMCU的なマルチバースか。
いや知らないけど。
「なんか困ったことがあったらギルドに行けや。冒険者志望って感じでいれば、いろいろ話も聞いてくれるぞ」
明らかに困ってそうだったからか、そんなアドバイスをくれたのか。
「止まってんじゃねえよ!邪魔だろ!!」
お礼を口にしようとして、今度は怒号が飛んできた。その怒号は荷車のおじさんの背後からで、そこには別の地竜が荷車を引き、その上にまた別のおじさんがいる。
怒号の主は、その別のおじさんだ。
「うっせえな!ちょっと止まってただけだろーが!!黙ってろ!!!」
アドバイスをくれたおじさんは怒鳴り返し、地竜を走らせて行ってしまう。
やはり、あのおじさんは優しい人だった。
道の端へ移動してから、紫乃は一息つく。
「ギルドってどこあるんだよ………」
アドバイスはありがたいが、ギルドなるものがどこにあるのかを知らない。
と言うか、この異世界には冒険者とかギルドがあるのか。となるとモンスターとかがいる可能性も十分ある。そして魔法とかもあったりして。
「マジかよ………おれにも何かチート能力的なものが………」
全身をペタペタと触ってみるが変化なし。
というか、チート能力を授けてくれる神様的な存在に出会った記憶がない。
家に帰る道中、眩暈に襲われ、気付いたら異世界転移。
「神様の入る余地無しだな」
いやいやしかし、後から貰える的なやつかもしれない。最初に貰うケースが大半だけど、後から貰うとかもゼロじゃない。
「いやいやいやいや、アニメじゃないぞこれ。チートとか、そういう話じゃないだろ。どうすんだよ、これから」
冷静になれ。
冷静に考えろ。
まず持ち物だ。
鞄の中には教科書と筆箱、三割ほどしかない天然水のペットボトルと菓子パンのゴミが入ったビニール袋。
ポケットにはスマホ。
「だよなぁ………」
ダメ元もダメ元でスマホの電源を入れたが、モバイルネットワークにビックリマークが表示されている。
圏外だ。
もちろん、Wi-Fiもない。
マップを開いてみるも、人工衛星の信号が異世界に届くはずもなく、位置情報を取得できませんと表示される。おまけに地図も表示されない。
「ドッキリとかじゃない、よね………ないのかぁ………」
現実で異世界転移とか普通じゃない。
おかしい。
おかしいでしょ。
ドッキリでもないとなれば、夢とか?
でも、夢とも思えない。
現実としか言えない。
「いやどうすんだよ…………」
冷静になればなるほど怖くなる。
あんなにアニメでは面白かったものなのに、現実は全然全く違う。
何も知らない状態、お金もなければ、知り合いもいない。唯一の救いは言葉が通じることだけだ。
言葉も通じなかったらジエンド。
終わりだ。
野垂れ死ぬことが確定していた。
「人伝にいこう。それしかない」
言葉が通じる。
言葉が通じるなら、ここを知ることが出来る。コミュ力は決して高くないけど、言葉が通じるなら知り合いもつくれる。お金だって、言葉が通じない状態よりかは可能性がある。
やるしかない。
十七年の人生経験と異世界アニメ知識をフル活用して、おれはこの世界で生き抜いていくしか—————
「えっ———中華料理…………?」
決意を新たにしようとして、白地に赤字で中華料理と書かれた暖簾が視界の隅に映り込み、思わず言葉が漏れた。
そして自然と足は向く。
突っ立っていた大通りを外れた小道にその中華料理屋はある。周囲の建物とは明らかに異なり、中華料理屋だけが現代日本にあっても違和感がない。
なので、この異世界では違和感の塊だ。
中華料理屋という文字も漢字が使われてるし。漢字という文化も、この異世界にはあるのだろうか。
まだ開店してない中華料理屋の前で立ち止まり、あちこち見回していると中から人の気配がした。というか、その気配に気付いた時には店の扉が開かれた。
出て来たのは同年代くらいの女の子だ。
肩くらいまでのショートヘアは薄い灰色で、瞳の色はルビーのような赤さをしている。そして異世界あるあるだが、とんでもないくらい可愛い。
ただ、異世界あるあるはこれくらい。
異世界なのに、何故か女の子は赤い中華服を着ているのだ。
絶対におかしい。
おれが着ている学校の制服を、あのおじさんは変な恰好と言ったが、中華服もこの異世界では変な恰好に属するものだろう。
可愛さと中華服の異質さに目を奪われ、しばらくの間、固まってしまった。
そして意識が戻った頃には中華娘からは不審者を見るような目で見られていた。
「ど、どうも……こんにち」
絞り出した挨拶はしかし、遮られた。
「うちに何か用」
ばっさり切り捨てるように中華娘は言葉を吐き捨てるのだった。
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