#16
***
桂木の自宅はそれは豪勢な作りになっている。見栄とプライドの男社会の頂点に立つのだから当然だ。襲撃を免れるように防弾ガラスが使われていたりと厳重だった。上に立つ者は気苦労が絶えないらしい。
桂木の自宅は表向き静寂を保っているが、私には蜂の巣を突いたようにピリついて見えていた。荘厳な門の前に屈強な男が立っている。その門の前で私たちの車は停車した。
「一応君も来い。桂木さんに顔を合わせていないだろう」
「……おまえが来いって言うなら従うしかねぇけど、組長に塵ほど興味がないんだけど」
「そんなことを言うな。私たちが生きられるのは桂木さんのおかげだ」
「個人崇拝もどうかと思うぜ」
「博愛主義だったらこの稼業は死んでるな」
私はけたけたと笑いながら車を降りた。桐野も溜め息を吐きながら私の後についてくる。門の前に立つ屈強な男は桐野を止めることはなかった。すでに紺野が根回ししているらしい。セックスアピールした靴を玄関で脱ぎ捨てる。玄関はいつもより脱ぎ捨てられている靴が多いように見受けられた。
廊下を歩き最奥、桂木の自室である和室に足を運ぶ。その長い廊下を歩いていると襖が開けられた和室の一部屋が目に飛び込んできた。数人の組員がなにかを一心に見つめている。紺野の姿もあった。
「めい」
私に気付いた紺野がこちらに視線を寄越す。
「……やるか?」
「私は医者です。エンコ落とすようなことはしませんよ」
紺野は私の言葉にくすり、笑った。組長の生死がかかったともなれば誰かがケツ持ちをさせられることは安易に推測できる。自分のミスではなくとも誰かが腹を決めて、これで許してください、これでこの件は終わりにしてください、と頭を下げるのがこの世界の決まりだ。
和室の中央に座っている男は薬指の根本に輪ゴムを巻いていく。まな板の上で鬱血し色が変わっていく小指。鞘に収まる小刀を持つ男。介添えを必要としない、ひとりで落とすことを決めた男は静寂を纏っていた。そのときは一瞬だ。男はなんの躊躇いもなく小刀で小指を叩いた。跳躍した指。こん、畳に転がって和室の隅にいた私の足元に飛んできた。私はそのひんやりと冷たい指を摘み上げ、断面を見つめる。
「うん。君、綺麗に落としたね。腕がいい」
私は、ははっと小さく笑い、指を落とした男の場所まで歩いていく。指をそっとまな板に置いた。
「これなら接合できるよ。やるなら早めに来な」
私はそれだけを言い和室を出る。覚悟の決まった男は私の言葉に返事をしなかった。接合する人間はあまりいない。見栄とプライドがここでも顔を出していた。
「……難儀だな」
私はぽそり、言葉を吐く。誰にも気付れない言葉だった。
紺野が鷹揚に先頭を歩く。その背後を私と桐野。主従関係順に並び、長い廊下を足音を極力立てず歩いていく。紺野は桂木の次に崇められる若頭という立場だ。私たちが組長の部屋に向かうことを止める人間はひとりもいない。むしろ廊下に佇む組員たちに頭を下げられる始末だ。紺野の生きる人生は私が考えるより崇高なものだと知る。
「親父。五木を連れてきました」
「どうぞ。お入り」
柔和な声が襖の向こうから聞こえてくる。
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