#15
通話が切れたスマートフォンを耳元から離すと私は再度電話を繋ぐ。それは仁の仕事場、悠の店へと繋がる番号だ。私からの電話に一切逡巡することがないのかワンコールで出た電話口。
「悪いね。悠、少し問題が発生した」
〈な、なにか……やらかしましたか? なにぶん新人な者で…申し訳ない……〉
「いや、こちらの都合だよ。問題は片付いたんだが、幸か不幸か時間が潰せてね。仁が必要なくなったんだ」
私の隣で無言を貫く仁を一瞥した。なにを考えているか把握できないその双眸が私を貫く。ヤクザは勘と頭脳が物を言う世界。仁も己の戦い方で下剋上を果たそうと躍起になっている男のひとりだ。女社会も面倒だが、男社会も案外混沌としている。見栄とプライドで形成された男は女よりも煩雑なものかもしれない。だが、私は易々と仁の踏み台になってやるほど可愛い女ではない。私は他者を軽々しく殺せて、高らかに自らの存在を認めさせるような男を欲している。私からは手を差し出さない。助けてもらおうとしている
「仁を帰させる」
〈承知いたしました。紫月のほうはそのままでよろしいですか?〉
「あぁ。紫月はこのあと予定があるかな? 桂木に呼ばれていてね、もしかしたら予定の時間より大幅に遅れるかもしれない」
〈なにも予定は入っておりません。いくらでも待たせます〉
「ありがとう。助かるよ。じゃぁ、そういうことで」
今だった。仁が行動に出るべきは今だった。ここぞという瞬間に自らの人生の舵取りをするべきだったんだ。私が紺野から金属バットを奪った瞬間、桐野が生にしがみついた瞬間、それらと同じだ。持って生まれてこなかった弱者だからこそ、血反吐を吐きながらなにかを勝ち取らなければならない。そして行動を起こす瞬間を見極めなければならない。
「……桐野。今メールが来たよ。桂木さん、自宅に戻ったらしい。桂木さんの家の場所はわかるるだろ?」
「あぁ、さすがに知っている。向かいます」
「仁。悪いが君はここで降りてくれ」
仁は渋々ながらも首肯した。車を降りるまえに彼はスマホを取り出す。私はそれを阻止した。
「悪いね、個人的な繋がりは避けている。私は紺野の犬であって、紺野の犬だからこそ君たちと遊べる。そこを履き違えたら私は紺野に見限られるだろう」
仁は無言でスマートフォンを仕舞い、車から降りた。バックミラー越しに仁を見つめる桐野。
「難儀な奴だな」
「……君も私も同じ穴の狢だろう。寄生していかなければ生きてはいけない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます