#05
「……なんかさぁ、庵ちゃんと先生ってエッチだよね」
「隆二、君の頭はいつまで経っても狂っているな」
ご褒美にもらったニッキ飴のおかげで煙草が吸えない私はいつにも増して不機嫌だった。後部座席を一瞥すると、今にも天国に行ってしまいそうな男がぐったりと寝そべっているのが見える。腹は血に染まっており目元は痛々しく腫れ上がっていた。生きているのが驚きだ。なにを思いその命に縋る? 死んじまったほうが楽だろうに。そんなことを思いながら助手席に戻り前を向く。
手の平には皮膚を捲り体内を弄った独特の感触がいまだ残っている。皮膚とビニールが血液によって、ぬるり、ぬちゃり、滑るあの感覚だ。ヤクを取り出すときのビニールが皮膚に引っ掛かるあの感触。すべてを覚えている。それは私の経験値となり血肉になる。
「だってさぁ、庵ちゃん、まじで先生のこと大事なんだなって感じだったよ。あの庵ちゃんだよ? あの庵ちゃんが女の頼み事を聞いたんだよ。……ってか、あの庵ちゃんにストップかけられるあんたもあんただけど」
「庵ちゃんのことを知っているなら私の頼みなど庵ちゃんにとって取るに足らないことだってわかるだろ?」
「……んー、そんなもんかねぇ」
隆二は納得していないように首を傾げた。
「知らぬが仏だと思うが、あの解体された肉は次にどこでどうなる?」
私は無理やりに話を変えた。いつも私はここ止まりだ。人の皮膚を触り、治すか壊すかのどちらかを行うことしかなく、最後の工程を知らない。私が壊した人間の肉はどこでどうなる? どこでどうなったら世の中から忽然と人を消せる? 解体して細切れになった肉は一体どうなるんだ。
「食べるんだよ」
「……」
「う・そ」
へらり、笑った隆二。今すぐにそのセンタータンを裂いてやる。私は隆二を睨みつける。
「自分で言っているんだからそうしなよ、せんせ。言わぬが花だよ。女がヤクザの後処理を知ってどうする?」
ヤクザは男社会だ。その男社会に紺野が無理を言って私を闇医者にねじ込んだと噂で聞いている。紺野が目を掛け育て上げた闇医者として、私はヤクザという裏社会に身を置いていた。
隆二は私を女だからという理由で切り捨て、ここから先はおまえの立ち入る場所ではないと暗に言う。
「……シャワーしたい」
「え? 奇遇ー、俺と入るぅ?」
「君はホントに……」
「だってさぁ、庵ちゃんが目を掛けた人間に手をつけるのサイコーに面白くない?」
にへら、となにを考えているのか理解ができない笑みがこちらを向く。微かに赤髪に混じる鮮血。赤色の髪の毛でも頭皮に血が飛んでいるのが見て取れる。
真夜中の作業を終え、帰りは太陽を拝む。都内随一と呼ばれる歓楽街は太陽が出ていたとしてもこんがらがっていた。静寂を感じさせるが本質的に夜となんら変わらない。イミテーションのネオンが消えただけだ。
「紺野に殺されろ」
「……殺されるなら紺野さんがいいよ」
庵ちゃんと呼ばないそれに実直なリスペクトが込められているように感じられた。
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