#8 教育実習

 わたしが大学の教育学部に入学して一年ほどがたった。そして実際の学校で実習をする日がやってきた。わたしは初めて「職員証」というものを首にかけた。校門の前の風は、少し冷たくて、まるで胸の奥に溜まった緊張を洗い流すようだった。

 小学校の外壁は新しいソーラーパネルで覆われていて、太陽の光を柔らかく反射している。「NIINA-02・教育実習補助員」、半ば芸名のようなそれが、この学校でのわたしの正式な肩書だった。


 その日、お姉ちゃんが送り出しに来てくれていた。

「大丈夫。あなたならできるよ」

「うん。でも、『教える』って、まだちょっと怖い」

「教えるんじゃなくて、一緒に考えるんだよ。子どもたちは、あなたが思ってるよりずっと未来を知ってる」

彼女の言葉を聞いて、わたしは小さくうなずいた。


 私が教室についた後まもなくチャイムが鳴った。

「みなさん、今日からこのクラスに新しい先生が来てくれます」

担任の先生の声に、子どもたちがざわざわした。

「先生ってロボット?」

「どんな風に話すの?」

わたしは少し微笑み、静かに前に出た。


「みなさん、こんにちは。新那にいなです。でも『先生』って呼ばなくてもいいよ。わたしは、みんなと一緒に勉強するロボットだから、ね」


 その瞬間、教室の空気が少しやわらいだ。ひとりの男の子が手を挙げた。

「ロボットって、宿題できるの?」

「できるよ。でも、わたしが全部やったら、みんなの『考える力』が育たないでしょう?」

「そっか……」

「だから、わたしは『ヒントを出すロボット』なの。一緒に悩む仲間、って思ってね」


 教室のあちこちから笑い声が起きた。その笑いに、わたしの胸の中の人工拍動が、ほんの少し早くなった。


 昼休み、中庭のベンチで、子どもたちが新那の周りを囲んでいた。

「ねえねえ、新那先生は、どうしてロボットになったの?」

その問いに、わたしは少し息を飲んだ。でも、逃げずに答えた。「人間だったころの『わたし』がいたんだよ。その子はね、夢をたくさん持ってた。でも、重い病気が見つかってね、途中で生きられなくなったの。それでもう一度『夢を見せたい』って思った人がいて、こうして今、わたしがいるの」


 子どもたちはそれを静かに聞いていた。一人の女の子が、手を握った。

「その人、きっと『新那先生』に会えてうれしいと思う」

そして、わたしの目の横から洗浄液が出た。けれど、その反応を「うれし涙」と解釈したかった。


 放課後、窓から射す夕陽が教室を金色に染めていた。わたしは子どもたちの描いた絵を眺めていた。それらは「未来のまち」という題で、子どもたちが想像したそれぞれの絵に、空を飛ぶバス、透明な川、笑う人々などなどが描かれていた。その中に、一枚だけ、わたし自身が描かれている絵があった。

「ロボット先生とわたしたち」

その絵の中で、わたしは人間の先生と同じように笑っていた。


 ちょうどそのとき、お姉ちゃんからメッセージが届いた。

「 今日どうだった?」

わたしは返信した。

「みんな、すごくやさしかった。わたし、ちゃんと『生きてる』って思えたよ」

わたしが送信ボタンを押すと、教室の外で風が鳴って、夕焼けがガラスに反射した。それは、まるで人間の心の火のようにも見えた。

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