第5話 税制改革? 村の価値を“見える化”せよ

ラル村の朝は、静かに、だが確実に変わり始めていた。




小屋の壁に貼られた木板には、見慣れぬ表が刻まれている。


──「労働時間記録表」。


誰が何時間働き、どの仕事をこなしたか。日ごとに刻まれていく数字の列。




「……また数字かよ、マコトさんは。」




農夫のラグナが苦笑する。


マコトは、陽に透ける羊皮紙を眺めながら答えた。


「数字は嘘をつきません。みんなの努力を“見える”ようにすれば、正しく分けられるんです。」




「分ける、って……税のことか?」




「そう。今までは“見た目で”徴税していた。


 でも、それじゃ努力が報われない。


 ――だから、実績で課税する仕組みを作る。」




 




◆ ◆ ◆




 




数日後、村長ハルベルトの家。


長机の上には、木札と小石が山のように積まれていた。




「この小石が“生産額”の単位です。


 作物を収穫した人は、それに応じて石を受け取る。


 年末に、石の数に応じて納税する。」




リーネが首をかしげる。


「……石で税を? お金じゃなく?」




「最初は“物理的な管理”のほうがわかりやすい。


 慣れたら、この石を“貨幣”に変えます。


 ――名前をつけましょうか。“ラル通貨”。」




ハルベルトは目を丸くした。


「通貨……村が、貨幣を発行するのか?」




「ええ。ただし裏付けは“労働”。


 つまり、怠け者には発行できない。


 逆に言えば、働く者ほど村での信用が上がる。」




マコトの声は穏やかだったが、その内容は革命的だった。


それは単なる経済の仕組みではない。


“信頼”を数字に置き換える社会の設計図だった。




 




◆ ◆ ◆




 




同じ頃。


ベリオン商人ギルドの本部では、バルド・メイスンが報告書を読んでいた。




「……“労働通貨”だと? なんだ、この村は。」




副官が慌てて言葉を続ける。


「ギルド加盟地でもないのに、独自通貨を発行したと。


 ただ、村内でのみ流通しており、外部取引には影響がないようで……。」




バルドは深く笑った。


「影響がない? バカ言うな。


 労働が信用になる仕組みは、商人の利権そのものを食うんだ。」




 




◆ ◆ ◆




 




その夜。


村に一人の客が現れた。


長い外套にギルドの印章。


蝋燭の灯の下で、マコトと向かい合う。




「ギルドはこの制度に懸念を示しています。


 貨幣の発行権は、原則として都市同盟の管理下にある。


 あなたのやり方は“越権行為”と見なされる恐れがある。」




マコトは驚くでも、怯えるでもなく、紙束を差し出した。


「その件については、相互保証制度として調整済みです。


 ラル通貨の流通量はすべて記録され、ベリオン商館にも写しを送る。


 つまり、ギルドが監査できる“開かれた貨幣”です。」




ギルド使者は目を細めた。


「……監査を許す? 自分たちを縛る仕組みを作るのか。」




「はい。信頼を作るには、まず“自分を透明化”することです。」




その言葉に、使者は一瞬だけ息を呑んだ。


異世界のどこにもない思想――


“透明性”という概念を、この男は当然のように口にしたのだ。




 




◆ ◆ ◆




 




翌日、リーネは村の広場で言った。


「ねえマコト、本気でやるの? 通貨を、税を、全部“見える化”なんて……。」




マコトは笑った。


「ええ。


 この世界では“金貨を持つ者”が偉い。


 でも、僕の世界では“数字を理解する者”が未来を動かす。」




彼は、掲示板に新しい板を取りつけた。


《ラル村・生産記録公開表》


その下には、村人の名と、作物・労働時間・納税額が刻まれている。




リーネが呟いた。


「……すごい。これ、村の“鼓動”みたい。」




マコトは微笑んだ。


「そう。この数字たちが、この村の信用になる。」




 




――“制度”は武器より強い。


 戦わずして、マコトはまた一つ、世界の形を変えた。

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