第4話 辺境の経済圏を掌握せよ。商人ギルドとのディール開始

イシュラート領・ラル村。


盗賊の脅威が去って一週間。


村は静かな活気に包まれていた。




だが、マコトの机の上に広げられた羊皮紙には、もう「戦後」の風景はない。


代わりに、数字と線、矢印がびっしりと書き込まれた“事業計画図”があった。




「――盗賊が消えて、村人が安心して働けるようになった。


 なら次は、“稼げる仕組み”を作る番だ。」




リーネが腕を組みながら言う。


「まさか、もう次の策を考えてるの? 今度は何だい?」




「流通です。農産物と木材を売る市場を押さえる。


 ただし、相手は商人ギルド。――交渉次第で未来が決まる。」




彼の声には、戦場で剣を握る者よりも冷徹な覚悟が宿っていた。




 




◆ ◆ ◆




 




ベリオン交易都市。


石畳の通りには、香辛料と獣脂の匂いが混じり合い、活気と欲望が渦巻いていた。




中央商館の二階――


豪奢な机の奥で、ギルド代理人のバルド・メイスンが煙管をくゆらせていた。


油断なく太ったその体は、富と経験の象徴でもある。




「で、ラル村の代表だと? 辺境の木こり村が、うちと契約を望むとはな。


 ……担保は?」




マコトは落ち着いた動作で、一枚の紙束を差し出した。


羊皮紙ではない。再利用した粗末な紙片を束ねたものだ。


だが、その一枚一枚には整然と数字が記されていた。




「担保ではなく、記録です。


 村の生産量、労働時間、流通予測。半年分のデータを可視化しました。」




「ほう……数字の羅列か? そんなもんで商談ができると思うのか?」




マコトはにこりともせず、淡々と答える。


「はい。あなた方は“取引”で儲けている。


 でも本当に価値があるのは、“未来を読む情報”では?」




バルドの煙管が一瞬止まった。




 




◆ ◆ ◆




 




交渉が始まる。


バルドの第一声は、あまりに単刀直入だった。




「利益の七割。通行税は現行の二倍。――それがギルドの条件だ。」




マコトは即答しなかった。


代わりに、懐からもう一枚の紙を取り出す。




「では、こちらをご覧ください。


 盗賊の撲滅後、北部街道の安全度が上がり、通行回数が二割増加する予測。


 つまり、取引総額は今後一年で1.3倍になります。」




「……何を根拠に?」




「“仮説検証”です。盗賊行動範囲の縮小、交易隊の移動記録、


 それらを照らし合わせれば、予測は統計的に導けます。」




「統計、だと? そんなもん信じられるか。」




マコトは、バルドの視線を正面から受け止めた。


「信じる必要はありません。――“試算”として見てください。


 もし実際に1.3倍に伸びたら、今の条件ではギルドの取り分は少なすぎる。


 逆に、下がったら私の責任で契約を破棄してもらって構いません。」




バルドの目が鋭く細められる。


「……リスクを背負うつもりか。」




「リスクを“管理”する。それが僕の仕事です。」




沈黙が流れた。


だがその沈黙は、バルドの思考の音をはっきりと伝えていた。


――こいつはただの村人じゃない。


 数字を“武器”にしてくる異質な男だ、と。




 




◆ ◆ ◆




 




やがて、バルドが口を開く。




「なるほど、興味は出た。だが、うちは帝都にも納めがある。


 小さな村の数字だけじゃ、ギルド全体を動かせん。」




マコトは、ここでようやく笑みを浮かべた。


「だからこそ、専属契約を提案します。


 ラル村をギルドの“北方拠点”として指定し、全流通を一本化する。


 取引管理を僕が請け負い、ギルドは監査と徴税に集中できる。」




「……管理を、お前が?」




「はい。コストは減り、利益は分かりやすくなる。


 “見える経済”を作る――ギルドの負担を減らす交渉です。」




バルドは息を吐き、笑った。


「見える経済、ね。奇抜だが、理屈は通ってやがる。」




彼は煙管を灰皿に押し付けた。


「いいだろう。試してみる価値はある。契約書を作らせよう。」




マコトは軽く頭を下げた。


「ありがとうございます。では、契約後すぐに“収益報告制度”を導入します。」




「報告制度……また制度か。お前、どこまで制度好きなんだ。」




マコトは静かに笑う。


「制度は、“信頼の代わり”です。


 人は嘘をつく。でも数字は、嘘をつけません。」




 




◆ ◆ ◆




 




交渉を終え、宿に戻ったマコトをリーネが出迎える。


「どうだった? あの商人ギルドを相手に、無事に帰ってこられたってことは……?」




マコトは椅子に腰を下ろし、肩を回す。


「契約成立。――ただし、試用一年。」




「試用?」




「実績を出せば、正式に“辺境流通区”として承認される。


 つまり、ここからが本番だ。」




リーネは苦笑した。


「戦わずに戦を制す……ほんと、あんたらしいね。」




マコトは窓の外、遠くの街灯を見ながら呟いた。


「戦場を変えただけです。次は、“数字で戦う”。」




 




――異世界の辺境で、コンサルタントは経済戦を制しに動き出した。

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