第2話


 あの影はきっと、彼女だったのだろう。けど、一体何が起こったのか。

 わからないまま、私は口を開こうとして、声が出ないことに気づいた。

 無意識の緊張と、未知の出来事への恐怖で、喉が貼り付いているのを、遅れて知覚する。

 それは、彼女も同じようで、まるで鏡合わせのように、口をぱくぱくさせ、そして笑いあった。

 それから、慌てて店員が駆けつけてくる。

 鏡が割れる音は、それだけ大きかったのだろう。そう思って、彼女の背に隠れていた鏡を見ると、さきほど木っ端微塵になっていた鏡が、綺麗に直っていた。

 確実に割れたはずの鏡、その音を聞いた店員は困惑していたが、異常がないならと立ち去ろうとする。

 そこで慌てて、声をかけた。

 この鏡を、買わせてほしいと。


 ――鏡の値段は、税込で11000円だった。

 持ち上げてみると、そこまで重たくはない。

 ここから自宅までは徒歩で20分ほど。鏡を抱えながらだと少し厳しいかとも思ったが、彼女が鏡の尻を持ち上げ、支えてくれた。

 リサイクルショップを出る前に、自販機で飲み物を買い、一息つく。

 そして、歩きながら、彼女と話をすることにした。

 名前と、出身と、他にもいくつか。彼女はそれに、快く答えてくれた。

「坂上礼。出身は札幌。好きなことは体を動かすことと、人と話すこと。あとは、食べることかな」

 驚いたのは、彼女と私は名前が全く同じだったこと。名前だけじゃない、歳も、出身も、好きな食べ物の好みまで同じだった。

 けれど、違うところも、たくさんあった。私はゲームが好きな引きこもりで、スラッとした彼女の隣だとより際立つほどでっぷり太り、人と最後に話したのは、趣味で書いている小説を書籍化しませんかと、名前も知らない出版社の人間から電話がかかってきたのが最後だ。確か、5年前か。

 それに、彼女は働いている。死んだ親の遺産を食い潰すだけの自分とは真逆だ。

 そういえばなぜ、こうして話すことも無く、初対面で自分と彼女は真逆だと感じたのだろう。

 そもそも、彼女といると、まるで自分と話しているように、口がよく動く。

 まさか、鏡から出てきたのは、自分をくるりと反転させた、自分を変えてくれる存在なのでは……なんて、妄想をしていると、自分の家に、たどり着いた。

 

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