第2話 常識を知らない美少女


 

「お前、ほんとに鬼か?」


 俺は面白そうにテレビを見ている紅葉に目を細めながら呟く。

 紅葉はその言葉に少なからず不満を覚えたのか、怒りながら言った。


「そうだよ! 僕は正真正銘鬼だ! なんだよさっきはあっさり信じてくれたのに今になって疑うとか酷いよ!」



「いやだって、鬼ってあの怖ぁい顔とツノと大きな金棒を持ったやつのことだろ?」



「うん? そうなのかい?」



「なんでお前が分からないんだよ」


 俺は呆れながらスマホを取り出す。そして、スマホに映し出された本来の鬼の特徴を紅葉に見せてやった。


「これが本来の鬼の姿らしいぞ。お前の場合ツノはない、金棒らしき物ももってない、顔もちっとも迫力がない、雰囲気もそれとなくふんわりしてる」



「ふ〜ん」



 俺のスマホに映る鬼の特徴を見ながら紅葉は面白くなさそうにする。


「ハッキリ言ってな。お前、そこらへんの普通の女の子にしか見えないよ? あの怪力を除けばだけど」


 俺のその言葉に紅葉は不満そうに呟く。


「そんなの君個人の感想だろ! 僕は鬼なんだよ!」


 頑なに自分を鬼と言い張る紅葉。

 このまま言ってもおそらく引き下がらないので、こっちが折れてやることにした。


「わかったわかった、認めるよ。お前は鬼だって」


 俺が乾いた笑みで言うと紅葉は満足そうな表情で頷いたのだった。



 ――――



 紅葉がウチに来て、早数日が経過した。


 俺は日中は仕事で家を開けるので家には紅葉がお留守番している。

 正直、あの馬鹿力で家具などが破壊されないか心配だった。


 そして今日も俺は仕事を終え、家に帰る。

 家の玄関を開け、中に入る。

 すると、いつも静まりかえっている家の中で何やら足音が聞こえてくる。

 その直後、紅葉が紅い髪を揺らしながらドタドタと出迎えてくれた。


「信君! おかえりなさい!」



「あぁ、ただいま……」


 それだけ言うと、紅葉はリビングの方へと軽やかな足取りで戻っていた。


 いつもは帰っても静まり返っている家。だけど、今は紅葉が笑顔で出迎えてくれる。


 俺はそれだけで仕事の疲れが一気に吹っ飛ぶ感じがした。

 

 しかもそれだけにとどまらず、リビングにはなんと――

 

「おぉ、美味そう!」


 とんでもなく美味しそうなご飯がテーブルに並んであった。

 紅葉は着物の上にエプロンを付けていた。

 

 着物とエプロンという組み合わせは正直あれだが、可愛い紅葉が着ると全部がかわいく見えてしまう。


「お前、料理できるんだな。鬼なのに……」



「信君、そりゃ偏見だよ。鬼でも料理はできるもんなんだぜ?」


 紅葉が「ふふん」っと得意気に答える。

 鬼が料理など普通は全く想像がつかない。しかもエプロンを着て。


 だけど、紅葉の場合は鬼と呼べるかも怪しい。しかもエプロン姿が似合っている。故にあまり違和感がなかった。


「いただきます」



「いただきます!」


 俺達はそれぞれテーブルの対面に座る。

 手を合わせ、合唱をし、俺は早速一口頬張る。


「?!!!」


 箸でつまみ、口に入れた瞬間、俺の全身に電流が駆け巡る感覚があった。俺はそのまま数秒間箸を咥えたまま固まる。


「信君? 大丈夫?」


 俺の様子に紅葉が心配そうに見てくる。

 俺は箸を口から離して他にもたくさんご飯が並べられている食卓に目をおとす。


 俺は静かに呟いた。


「うまい……」


 俺のその言葉にさっきまで不安そうにしてた紅葉の表情がぱぁぁぁっと明るくなった。


「本当かい!? 良かったぁ」


 俺はそんな安堵をする紅葉をよそにどんどん別の料理を口にしていく。


 箸が止まらなかった。なんせ、こんなうまい家庭料理、本当に久しぶりだったから。


 そして、俺は食卓に並べられていた自分の分の料理を一瞬で平らげた。


「ごちそうさまでした!」


 手を合わせて言った。


「お粗末さまでした」


 紅葉がニコニコした表情で言った。

 なんか妙に微笑ましそうな表情で俺を見てくるので気になった俺は聞いた。


「なんでそんなニコニコしてるんだ?」



「えぇ? あ、いや、今までの信君は冷静な感じであまり感情を表に出すことがなかったけどさ、さっきご飯食べてるときは本当に幸せそうにがっついてて、面白かった!」



「なんだよ、チビッコの癖に年上みたいな事をいいやがってぇ」



「むっ…、チビッコじゃないし」



「でもチビじゃん」



「チビ言うな! あと年上みたいじゃなくて実際年上なんだよ僕は!」



 紅葉がぷんすか怒りながら言っている。

 こんなチビッコが年上……、考えるだけでなんか悔しい。


「それより信君。君は普段どんな事をしてるの?」



「どんな事、とは?」



「僕が家でお留守番してる間だよ」



「あぁ、それなら前にもいった通り、仕事だよ」


 

「どんな仕事なんだい?」


 やけに紅葉が食い気味に聞いてくる。別に言っても何も問題ないので素直に答える。


「普通の会社で働いているサラリーマンだよ」



「さらりーまん? なんだいそれは?」


 紅葉にサラリーマンとか俺がやってる仕事とかを話す。紅葉がとても興味深そうに聞いてくるため、話している俺も途中から楽しくなってしまった。


 「へぇーなるほどねぇ。大変なんだね人間社会っていうのは」


 一通り話し終えて、紅葉が感心したように頷く。

 

 ふと、いつの間にかすっかり時間を忘れて話し込んでしまった。時計を見ると、もう夜の21時を回ろうとしていた。


「うお、もうこんな時間か。紅葉、風呂は?」



「うぇ? まだだけど……」



「じゃあさっさと入ってくれ。その後に俺も入るから」


 こんなおっさんが入ったあとの湯船になんて浸かりたくないだろうからな。俺も嫌だし。


 そうやって俺が考えていると、紅葉がほんとに不思議そうにしながら聞いてくる。


 そのとんでもない事を――。


「前から思ってたんだけどさ、なんで毎回僕達別々でお風呂に入っているんだ? 2人同時の方が効率がいいだろう?」



「は?」


 突然真面目な顔でそんな事を聞いてくる紅葉に俺は一瞬思考が止まる。


「いや、だってお前……」



「わざわざ時間をかけてまですることじゃないと思うんだ。ただお互いの素肌を晒すだけだろう?」



「………」


 俺はこいつの言っている意味がちっとも理解できなかった。ただ、無意識にイケナイ想像をしてしまい、俺の頬が熱くなるのを感じる。


 だけど、俺は首を振ってその邪な考えを必至に捨て去り、なんとか紅葉に納得してもらうために言葉をまくし立てる。


「確かにそうかもしれないけど、俺は一人で静かに入る風呂が好きなんだ」



「あぁ、確かにそれはそうかもだね。僕もあの静かな空間は好きだな」


 なんか紅葉が共感を示してくれた。これはチャンスだと思い、最後の追い打ちをかける。


「だろ? 分かったらとっとと入ってこい!」



「は〜い♪」


 俺がそう言うと、紅葉はスキップしながら脱衣所に向かっていった。


 俺は力が抜けたようにソファにもたれかかる。


 今回で分かった。紅葉は、びっくりするほど常識が欠けている。


 風呂場からは紅葉の鼻歌らしき声が聞こえてくる。


 俺はぐったりとソファにもたれかかるのだった。


 ちなみに紅葉が風呂から上がったのは約30分後だった。


 




 


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