第5話 ―裁き編―
由梨の霊が消えた翌朝、藤田は警察署を訪れた。
旧校舎の裏手で見つけた小さな金属片を、封筒に入れて持っていた。
それは錆びかけたホイッスルだった。
裏面には、薄く「M.K.」の刻印。
——間違いない、生活指導の川本教員のものだった。
藤田は供述を求められ、すべてを話した。
「事故の夜、由梨は川本先生と話していた。
崖の方で、“あの人が怒ってる”と……。
そのあと、由梨の姿は消えた。」
警察は再捜査を開始した。
当時の証言を洗い直すと、複数の学生が「夜に川本と由梨が口論していた」と語った。
決定的だったのは、校舎裏のフェンスに残っていた古い指紋。
腐食していたが、成分鑑定で川本の指紋と一致した。
数日後、川本教員は呉市内の自宅で逮捕された。
取り調べの中で、彼女は静かにこう言ったという。
「あの子を止めたかっただけなんです。
男を変えるたび、周りがざわついて、学校が笑われる。
注意したら、“先生こそ嫉妬してるの?”って。
頭が真っ白になったんです……気づいたら、手を掴んでた。」
押し問答の末、由梨は足を滑らせ、崖の下へ。
そのまま発見されることなく、“転落事故”として処理された。
川本は沈黙を貫いたが、ホイッスルと指紋がすべてを物語っていた。
判決の日、藤田は傍聴席に座っていた。
川本はやせ細り、うつむいたまま動かない。
検察官が起訴状を読み上げる声が、冷たく響く。
「被告人川本真紀は、被害者西野由梨を強く押し、崖下へ転落させ死亡させた——」
懲役八年。
短いようで、由梨の命には到底釣り合わない。
それでも藤田は、拳を握りしめた。
ようやく、誰かが由梨のために裁きを受けるのだ。
判決が下りたその夜、藤田は再び呉高専を訪れた。
月明かりのグラウンド。
もう「赤いジャージの人」はいない。
ただ、潮風の中で、どこか懐かしい声がした。
「ありがとう、藤田くん。もう、見てくれたから……」
藤田は微笑んだ。
静かな海の向こうで、光が一筋だけ流れた。
その光はまるで、赤いジャージの袖のように、やわらかく夜風に揺れていた。
それから数年後。
呉高専の学生たちの間で、ある噂が広がった。
——夜のグラウンドを歩くとき、赤い光が一瞬だけ見える。
けれど、その光はもう人を追わない。
ただ、迷った心を見守るように、そっと消えていくのだという。
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