第4話―解決編―
十月の終わり。
藤田は、久しぶりに呉の町へ戻ってきた。
仕事の出張ついでに立ち寄ったはずだったが、気づけば足は自然と呉高専へ向かっていた。
夕暮れの校舎は、昔と変わらない——潮の匂い、風の音、そして海に沈む太陽。
ただ一つ違うのは、校舎の裏に立つ慰霊碑だった。
〈令和五年春、事故で亡くなった学生を悼んで〉
その名前の中に、「西野由梨」と刻まれていた。
夜。
藤田は宿に戻らず、ひとりで校門を越えた。
風にざわめく木々の音がやけに近く聞こえる。
グラウンドの方へ歩いていくと、月明かりの下に、人影が見えた。
——赤いジャージの人。
それは確かに、由梨の姿だった。
けれどその顔は、あの頃の笑顔のままだ。
「由梨……」
藤田がつぶやくと、彼女はゆっくりと振り返った。
その目は、もう恨みではなかった。
むしろ、悲しげに微笑んでいる。
「どうして、ここに?」
藤田が問うと、由梨は静かに首を振った。
「わたし、誰かに見てほしかっただけ。
消えたあとも、ずっと……誰も、ちゃんと見てくれなかったの」
風が吹き抜け、ジャージの袖が揺れる。
その下に、淡く光る指の跡——まるで、誰かに掴まれたような跡が浮かんでいた。
藤田は息を呑んだ。
由梨の死は「自殺」と言われていた。
だが、その跡を見た瞬間、全てが繋がった。
——崖の上で、誰かが由梨を突き落としたのだ。
「由梨……誰だったんだ? お前を——」
女はゆっくりと空を見上げた。
「……あの人。わたしが“彼の恋人”だったのが、許せなかったんだって」
彼女の視線の先、校舎の影にもう一つの人影が立っていた。
それは、当時の生活指導の女性教員。
由梨が何度も相談していた相手だった。
「藤田くん、もういいの。わたし、やっと思い出したの」
由梨の声は、風に溶けるように消えていく。
「みんなの中で“噂”のまま消えるのが怖かった。
でも——あなたが、最後に呼んでくれたから。やっと、帰れる。」
由梨は微笑んだ。
その姿がふっと揺らぎ、月の光に溶けていった。
赤いジャージの色だけが、海風に流れていく。
静寂の中、藤田は涙を拭い、慰霊碑の方へ向かった。
そして小さく呟いた。
「見てたよ、由梨。最後まで。」
それ以来、「赤いジャージの人」の噂は途絶えた。
けれど、夜のグラウンドで風が吹くと、今でも赤い布がひらりと揺れることがある。
まるで、誰かが「もう大丈夫」と言っているように
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