第2話 ―由梨の過去―

赤いジャージの人 ―由梨の過去―


 由梨が呉高専に入ったのは、ただ「早く自立したかった」からだ。

 地元の中学では、勉強も運動もそこそこ。けれど、家では母親の怒鳴り声と父親の無関心の間で、居場所がなかった。

 初めての一人暮らし、初めての寮生活。

 由梨は「自分を好きになってくれる人」を、ずっと探していた。

 最初に声をかけてきたのは、機械科の四年生だった。

 バイクを持っていて、夜に港まで乗せてくれた。

 風を切って走る音の中で、由梨は何も考えずに笑った。

 だが一ヶ月も経たないうちに、男は別の女と付き合い始めた。

 「ごめん、重いって言われた」

 その言葉が胸に刺さった。

 次の相手は同じクラスの男子。

 その次は電気科の先輩。

 誰かと付き合っている間だけ、自分の輪郭が保たれる気がした。

 でも、相手がいなくなるたびに心の奥が削れていった。

 ある夜、部屋で泣いていると、ルームメイトが呟いた。

 「由梨ってさ、赤いジャージばっか着てるよね」

 確かにそうだった。体育のときに貸与されたあのジャージは、柔らかくて温かくて、どこか安心できた。

 「落ち着くんだよ、これ着てると」

 そのとき、由梨は微笑んだ。だがその笑顔は、もうどこか壊れていた。

 春の終わり、由梨はまた一人の男に振られた。

 理由は「噂が多すぎるから」。

 彼女はただ、「そんなつもりじゃない」と言いたかっただけなのに。

 夜の校舎裏で、赤いジャージの袖を握りしめながら、誰もいないグラウンドを見下ろした。

 波の音が遠くで聞こえる。

 涙が頬を伝うたび、胸の中で何かがぷつりと切れた。


 「なんで……みんな、いなくなるの……」


 ふと、背後で足音がした。

 振り返ると、誰もいない。

 けれど、その瞬間、確かに耳元で声がした。


> 「次は、あなたが残る番」


 その夜、由梨の姿は消えた。

 赤いジャージだけが、崖の下の草の上に落ちていたという。


 それから数年後。

 夜のグラウンドに、赤いジャージを着た影が立つのが見えるようになった。

 男を渡り歩く女の周りに、必ず現れるという。

 まるで——かつての自分を写すかのように。

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