赤いジャージの人

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第1話 赤いジャージの人

赤いジャージの人


 夜の呉高専は静かだ。

 海からの風が校舎の隙間を抜け、鉄の手すりをカンカンと鳴らす。その音だけが、誰もいないグラウンドに響いていた。

 その晩、三年の村上はレポートを出し忘れたことに気づき、職員室棟へ向かっていた。

 夜の校舎はどこか別の世界のようで、昼間の喧騒が嘘のようだった。

 昇降口を抜けようとしたときだった。

 ガラス越しに、外のグラウンドの隅に赤いジャージの人影が立っているのが見えた。

 女だった。

 長い髪が風に揺れ、赤いジャージの袖が月明かりに鈍く光っている。

 誰だろう。体育会系の部活生か? そう思いかけたが、この時間に部活なんてあり得ない。

 女は動かない。ただ、こちらを見ているようだった。

 背筋に冷たいものが走り、村上は目をそらした。

 ふと視線を戻すと、もういなかった。


 次の日。

 村上は昼休みに友人の西岡に昨夜のことを話した。

 「おい、西岡。夜のグラウンドにさ、赤いジャージ着た女がいたんだ」

 「……それ、見たのか?」

 西岡の顔色が少し変わった。

 「お前も聞いたことないの? “赤いジャージの人” って噂」

 西岡の話によると、数年前から時々、夜の高専に赤いジャージの女が現れるらしい。

 特に、男子学生と付き合ったり別れたりを繰り返す女子の近くに出るという。

 その女は、元はこの学校の学生だった。

 同じように、複数の男と関係を持っていたが、最後は校舎裏の崖から落ちて死んだという。

 「でな、そいつ、死ぬ前にも赤いジャージ着てたんだと」

 その日の夜、村上はもう一度レポートを出しに行った。

 確認のため、窓越しにグラウンドを覗く。

 ——いた。

 同じ場所に、また赤いジャージの人が立っている。

 動かない。

 ただ、こちらを見ている。

 いや——今回は、少し近い。

 ガラスに映るその顔を見た瞬間、村上は息をのんだ。

 見覚えがある。

 それは、最近サークルで付き合い始めた由梨にそっくりだった。

 彼女は昨日も他の男子と笑いながら歩いていた。

 まさか——。

 その瞬間、窓の向こうで女の口がゆっくり動いた。

 音は聞こえないが、唇の形は確かに読めた。


> 「つぎは、あんた」


 翌朝、村上は姿を消した。

 彼の机の上には、真新しい赤いジャージの上着だけが残されていた。

 そして、その夜。

 グラウンドの隅に立つ赤いジャージの人影は、確かに——二人になっていた。


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