少女ゆる
「詩乃ちゃん!」
「ねえねえ詩乃ちゃん!!」
机の周りに集まる人。
一斉に話しかけられて、質問をされている。
うるさいなぁ…聴き取れても、そんな一気に質問されたら答えてる暇ないんだけど?
「なんで目赤いの?」
同じ質問しないでよそれさっき答えたって。
転校生ってそんなに特別?ただ人が増えるだけじゃんか。
「なんで髪の毛真っ白なのー?」
「触っていい!!?」
いや、触っていいって言う前に触ってるじゃん。
気持ち悪いからやめてくんない?
めんどくさいからって結ばず来たの失敗だったなー。
これ、振り払ったら折角の潜入が無駄になっちゃうよねー…。
あーめんどくさい。
こんなことならあやに押し付け……任せるんだった。
と、いうのも数日前に小学校からの依頼を受けた……らしい。
依頼内容は5-1で起こっているいじめの解決。
学校ってそんなんも見つけれないんだね。
人はいっぱいいるのに。無能の集まりだったりする?
とりあえずはさっさと当事者見つけないとね♪
ま、もう目星ついてるけど。
今のとこ一番怪しいは、いま勝手に髪を触ってきてる大野美玲。
そろそろ触るのやめてくんないかな。
「えーっと美玲ちゃん、だったよねっ?」
「私アルビノってやつだから、色素が足りなくて真っ白なんだ〜」
とりあえず、適当に質問に対して答えていく。
「へ〜。じゃ、その赤い目も?」
質問に答えたそばからまた別の質問を投げかけられる。
「うん、そうだよ」
実際には右眼は紫だけど。紛らわしいし、説明増えてだるいからカラコンで色変えてるけど。
あんまりコンタクト好きじゃないから、さっさと解決しなきゃねー。
「ふーん。いいなー、肌白くて!」
美玲がそう言うと、周りの女子が「ほんとー!」と合わせて笑う。
そのやり取りを見てなんとなく、……こいつらっぽいな。と感じた。
取り巻きも一緒に観察できたし、重畳重畳♪
*
翌日からはさらに情報を集める。
表面上はニコニコと適当な返事しつつ、頭の中ではデータ整理。
退屈すぎる授業中に、全ての情報を精査していく。
初めて来たから期待してたんだけど、授業ってこんなつまらないんだね。
それって教える必要ある?
その公式そんな繰り返し言う必要ないでしょ。1回言えば十分じゃない?
てか全部教科書に書いてあるし。読めばわかるじゃん。……いや読まなくてもわかるでしょこれ。
「つまり主人公は今この時〜」
…これいつまで続く?
は?まだ40分もあるの?意味わかんないんだけど!?
「えー、ここが〜……えー…」
もういいって!何回"えー"って言うわけ!?
えーえーえーえー、うるさい!黙って。
「うわ〜!!わかんねぇーー!!」
ふいに隣の机の奴がそう叫んだ。
え?…分かんないの?……あれが??あの簡単なのが???…脳みそ付いてない?
……もう全員殺しちゃえば平和だと思うんだけど。やっちゃう?やっちゃおっかなー。
絶対閻魔に怒られるどころじゃないだろうし、我慢するけど。
なんて考えが思い浮かぶほどつまらなかった。
もっと楽しめると思って期待してたのに。
過去行かなくて正解だったねー。
退屈で退屈で仕方がなかった4時間をようやく終えて、給食の時間になった。
味はまあ普通。よかったー!これで不味かったらどうしようかと。
クラス内を見回して観察していると、誰とも会話をせず、一人ポツンと食べている男子生徒を見つけた。
ノートの端に走り書き――「長谷川悠真」。
机に傷、消しゴムのカスの山、視線を逸らす速さ。
……被害者はこいつかな?
*
潜入3日目の朝は、少し早めに登校してみた。
昇降口付近で話しかけてきたクラスメイトにおはよー!と返事をしながら、下駄箱の前で立ち尽くす男子生徒を観察する。
下駄箱の奥に突っ込まれていた上履き。
教室の彼の机の中には水浸しのプリント。
あからさますぎて笑っちゃいそうになったけど我慢我慢っと。
それを見た被害者――悠真は、無言で片付けていた。
早い時間とはいえ、助け舟を出す子は誰もいない。
クラス全員が見てみぬふり。
もしくは本気で全員が気づいてないのかも。
ま、主犯の人性格悪そーだもんねー。
ボクに見つけられないと思った?
残念でしたーっ!
下校時、ゆっくり帰る支度をしていると教室に残ったのは、美玲と取り巻きたち5人と悠真。
あぁ、やっぱり。
こういう推理物って答えがすぐ分かっちゃってつまんないからきらーい。
もっと難しいの書いてよねーっ。
彼の表情は無。しかし、瞳の奥は決壊寸前だった。
……これはあそこで待ち伏せしたらお話できそう♪
ただ、9月の炎天下の中待つのは危険だけど…。
まぁやるしかないよねー…。
✡
夏休みが開けた9月1日、僕は憂鬱な気分で学校へ登校した。
その理由はいじめ。
詳しい理由は分からないけれど、同じクラスの大野さんたち5人にいじめられている。
始業式のその日は特に何事もなく終わることができた。
地獄の日々は明日から。
翌日、朝のチャイムが鳴り、全員が席に着いた時、先生がこう言った。
「はい!今日からの転校生が来ているので、今この時間で自己紹介をして貰います!…入ってくださ〜い!」
その言葉の後、教室に入ってきた少女に全員が釘付けになっただろう。
真っ白な髪の毛に、真っ赤な瞳、アニメみたいな見た目にアニメみたいに整った容姿。
あんまりそういう色恋事に興味のない僕でも、彼女のことを美人だ、可愛いと思った。
転校生は場馴れしているのか、顔に微笑みを浮かべながら、黒板に名前を書き始めた。
"麻藤詩乃"
黒板にはお手本みたいな綺麗な文字でそう書かれていった。
名前を書き終えた麻藤さんは、くるりとこちら側へ振り向き、自己紹介を始めた。
「初めましてー!静岡県の学校から転校してきた麻藤詩乃っていいます!親が転勤族だから、またすぐどこかに行っちゃうかもしれないけど…これからよろしくお願いしま〜す!!」
そう言いながら綺麗な動作でお辞儀をした。
大野さんたちの興味がこの転校生の麻藤さんに向いているうちは、いじめがなくなるかも。
麻藤さんの自己紹介を耳にしながら僕は、そんな無駄な期待を抱いてしまった。
「詩乃さんの席はあそこの空いているところね。」
先生がそう言いながら、廊下側一番後ろの席を指さした。
僕の今の席は窓側の一番後ろ。
よかった。きっとこの後あそこに人が集まってうるさくなるだろうから。
「はぁ〜い!」
麻藤さんは元気に返事をして示された席へ移動していった。
案の定朝の会後、麻藤さんの席の周りには人だかりができていた。
皆口々に気になることを矢継ぎ早に質問していく。
そんなに一気に言われたって聴き取れるわけないのに。可哀想。
授業中なんだか無性に転校生のことが気になり、少し観察をしてみた。
一時間目は国語の時間。
最初のほうは真剣に話を聞いているようだった。
しかし、授業開始から20分程が経った頃にまた見てみると、頬杖をついてつまらなさそうな表情で黒板を眺めていた。時折、時計をチラ見しながら。
あれ…?さっきまで真剣に聞いてたのに…。前の学校でもうやったとこなのかな?
二時間目は算数。麻藤さんは最初からつまらなさそうにして、大きく欠伸までする始末。
頭はそんなに良くないのかも。
まああの外見があればこの先困らなさそうだけど…。
「えー、じゃあこの問題は〜えー…麻藤詩乃!分かるか?」
そんな時先生が麻藤さんを当てた。
可哀想。授業ついてけてないから、分かるわけないのに。
「1.5。」
しかしそんな予想と裏腹に、麻藤さんは当てられた直後に正解の答えを述べる。
え?どういうこと…?
授業、聞いてなかったよね…?
そんな風に困惑する僕を置いて、授業は進んでいった。
三、四時間目も麻藤さんは似たような感じで授業を受けていた。
あぁ、きっと、授業についていけないんじゃなくて、頭が良すぎて答えが全部分かっちゃうんだ。
そんな考えに至るまで、そう時間はかからなかった。
給食の時間にそんなことを考えながら、黙々と食べていると、ふいに机の端をトントンと叩かれた。
顔を見上げてみると、僕の横を大野さんが通り過ぎて行ったところだった。
これは合図。
それを悟り、僕は絶望した。
今日もまた、始まる。始まってしまう。
転校生の麻藤さんが来たことで僕への興味失われる、そう期待していたのに。
そんな期待も虚しく、夏休みが終わるや否やまたいじめが再開する。
今も目の前で、大野さんたちに罵倒を浴びせられたり、暴力を振るわれたり。
もう、限界かも。
*
大野さんたちの気が済んだら、逃げるように校門を出ることができる。
進級した頃まではまだピカピカだったはずのランドセルは、今ではもう水浸しでボロボロ。
どうして?僕は何もしてないのに……。
そう考えながら歩く。
その足は、自分の家と反対方向にある踏切の方へと向いていた。
緊急を知らせるボタンのない、見通しの悪い踏切。
1年に何度か事故が起こっても尚、何も対策がなされない踏切。
あれ…?なんでここに…?
気づいた時には僕は踏切の中に佇んでいた。
その時、ちょうどカンカンカン、と辺りに警告音が鳴り響く。
電車が来ちゃう!はやく出なきゃ…!!
そうは考えるけれど、足は一歩も動かなかった。
僕はただゆっくりと降りてくる遮断機を、眺めることしか出来なかった。
ついに電車が目の前に来て、運転手さんと目が合う。
まるでスローモーションみたいに世界がゆっくりに見えた。
死……!?
あぁ、でも……これで楽になれる…?
お母さん、お父さん、こんな僕でごめんなさい。
なんて考えながら瞳を閉じ、最期の瞬間を待つ。
ドンと音がする。
きっと、僕の体に電車が当たったのだろう。
…………そのはずなのに。
いつまで経っても痛みが来ない。ずっと意識が残っている。
これが死後の世界?
なのに、電車の通過音は今も、耳に入ってくる。
恐る恐る目を開けると、目の前には人?が立っていた。
いや、明らかに人の形はしているんだけど…。
頭には帽子とサングラス、フェイスカバー。
腕にはアームカバーと長袖パーカー。
手には大きな日傘。
足は長ズボンで隠れていて見えない。
人、だよね…?
「いやー!危なかったねー。危機一髪、って感じー?」
目の前の人から聞こえてきた声は聞き覚えがあった。
「……えっ? その声は…麻藤、さん?」
「え?そうだけど?」
「待ち伏せ大変だったんだからねー?キミ、ぜんっぜん来ないし。」
待ち伏せ?どういうこと?
というか、僕は今生きている…?
「………うして。」
「は?」
「……どうしてっ!!どうして助けるんですか!!!」
「いまっ、いま楽になれるところだったのに…!!」
助けてくれたはずの麻藤さんに、そんな暴言を浴びせてしまった。
「えー?折角助けてあげたのに。文句言われる筋合いなくなーい?」
「助けてなんて言ってない!!」
「はぁ?あんな絶望的な目しといてそれ言うー?」
「まいいや。とりあえず日陰行くよ。」
有無を言わせぬ圧に負けて、近くの公園に行くことになった。
小さな東屋の下に行くと、麻藤さんは身につけていた日焼け対策グッズをひとつずつ外していく。
そこでやっと、話していた人物が麻藤さんであると確信できた。
「とはいってもな〜、どこまで話していいのやら。」
「一つ言えるのは、あんたの死ぬべき時は今じゃない、ってこと!」
「…は、はぁ…?」
「守秘義務があるから全部は話せないんだけど〜、端的に言えばボクは5年1組のいじめを無くすために来たんだー!」
困惑する僕をよそに麻藤さんはそう宣う。
「ま、キミの生死は特に言われてないんだけどね〜?」
「でも今死なれたらつまらないからさ♪」
「えっ、と………?」
言われた意味がまるで理解できない。
それに麻藤さんの一人称は私だったはずじゃ……?
「で、キミはどうしたい?」
「死にたいなら殺してあげるよ?」
冗談を言っているようには思えなかった。
手が震えて思うように動かない。
「……あの…でも、僕………」
唇も震えて、上手く言葉が出てこない。
「…助けて、ください……!」
辛うじて、助けを求める声だけが出てきた。
そんな僕を見ながら、麻藤さんはにっこりと笑った。
「なんだ、言えるんじゃん♪」
「じゃ、明日から楽しみにしてて?」
そう言い残し、麻藤さんは東屋から立ち去った。
✡
助けを求められた翌日、ボクら誰よりも早く登校をし、とある仕掛けを施した。
ある程度教室に人が集まってきた辺りで、騒然としている教室に何食わぬ顔で入る。
「おはよー! …あれ?みんなどうしたの?」
「あ、詩乃ちゃん。おはよ。 ……あれ。」
とクラスの誰かが指を指す。
その指先には、美玲とその机の上に置かれた花瓶。
花瓶には菊の花が生けられていた。
「…菊?まだちょっと早いのに。珍しいねー。」
「美玲ちゃん、その菊綺麗だねっ!どうしたの?」
なんて、聞いてみる。
「…あたしじゃない! あたしが置いたんじゃない!!」
そりゃそうだ。置いたのボクだし♪
「へー、じゃあ誰かが置いてくれたんじゃないっ?」
「はぁ!? あんた知らないの!? 菊ってお葬式に使われる花だよ!?」
「こんなんいじめじゃん!!」
「置いたの誰っ!?」
絶叫しながら美玲が聞く。
誰も反応を返さず、静まり返った教室でみんなが視線を逸らしていた。
皆、美怜のことを"いじめられている可哀想な子"としてみていた。
屈辱だよね〜?虐めてるのは自分なのに♪
先生が来て、朝の会が始まる。
そのまま花瓶の件はなあなあに終わった。
*
最後の5限の授業は外での体育だった。
ボクは参加出来ないから見学。
……行動するなら、今がチャンスってこと♪
こっそりと立ち上がり、ボクは教室に戻った。
*
体育が終わり、みんなが一斉に教室に戻る。
つかれたー!だの、帰ったらゲームしようぜ!だのといった楽しげな会話はすぐにどよめきに変わった。
「美玲ちゃんの机が…!!」
なんて、誰かが叫ぶ。
美怜の机には、死ねだの消えろだのの暴言の限りが油性マジックで書き込まれ、その上朝の花瓶が割られていた。
花瓶に入っていた水で机の上は水浸し。横にかけてた月曜セットも濡れていた。
騒ぎを聞き付けた担任が、急いでやってきた。
そのまま帰りの会は、大野美玲のいじめの犯人探しに変わった。
「――と言うことで、美玲さんがいじめられている件について何か知っている人はいますか?」
「今言いずらかったら、後でこっそり先生に教えてくれるでもいいです。」
そう話しながら先生は悲しい、なんて諭すように語りかけてくる。
この茶番いつ終わるかなー?長引きそう…。
ま、もういいか。
「はいはーい!」
手を挙げて立ち上がる。
「詩乃さん。何か知ってるの?」
「いじめのことは転校してきたばっかりだから分かんないけどー…花瓶の件はさっきの授業で、一番最後に教室出た人が怪しいんじゃないですかー?」
「確かに…。さっきの授業は体育よね。最後に出たのは誰か分かる?」
先生にそう聞かれて、少しすると1人の生徒に視線が集まる。
「最後に出たのって美月じゃね?」
「えーじゃあ平野が犯人ってこと?うわーないわー」
「うわー…。美怜ちゃんと仲良さそうな顔して、あんなことしてたの…?」
「やばー。大人しそうな見た目して案外…ねぇ?」
平野美月。美玲の取り巻きの1人。
「…えっ?…ち、ちが!違います!!わたしじゃない!!!」
「先生は美月さんがやったと思ってないわ。…とりあえずお話聞かせてほしいな」
「皆も、美月さんが犯人だと思わないように!今日は解散、挨拶は省略します。」
という先生の号令で帰りの会が終わった。
美月は先生に別教室へ連れられて行った。
あー、かわいそー。
ごめんね?ボクの代わりに怒られてきて?
でも被害者が違うだけでいじめしてたのは事実だし、いいよね〜♪
なんて考えながら教室を1度出る。
中にイラついた様子の美玲と取り巻き、悠真を残して。
✡
詩乃が教室を出たあと、また美玲によるいじめが始まった。
「あー!ほんっっとムカつく!!」
「絶対いじめられてる可哀想な子って思われたじゃん!!!」
「…ねぇお前誰かにチクった?」
美玲が悠真の髪を掴んで言う。悠真は首を振るしかできず、声も出ない。
「ふーん、ほんとに?じゃあどうしてあんなことが起きたわけ?」
取り巻きの女子たちがニヤニヤと顔を見合わせる。
取り巻きの1人が机の上に手を置き、悠真のノートをめくりながら笑う。
「わ、わかんない…っ」
悠真の声は震え、床に手をついて必死に身を守る。
「ほんと、情けないんだから!こんなことで泣いちゃうなんて!」
美玲は足で悠真の椅子を軽く蹴り、倒れかけたところを手で支える。
取り巻きの女子たちも「きゃはは!」と笑いながら紙を投げたり、髪をくすぐったりする。
悠真は机に突っ伏して目を伏せ、涙が頬を伝う。
誰も助けてくれない。昨日、死ぬべきだったのかもしれない。
そう思いながら顔を上げると、教室の扉がゆっくりと開く。
「はいっ!証拠ゲット〜♪」
「周りに人がいないか確認するのは基本中の基本だよ〜?」
そう言いながらスマホを片手に教室に入ってきたのは、帰ったはずの詩乃だった。
美玲は詩乃の登場に驚き、スマホを構える詩乃を睨みつける。
「ちょ…な、なに勝手に入ってきてんのよ!」
「なんで?入っちゃだめなの〜?ここ、教室だよ?」
「でも、いいもの見れちゃったなっ♪」
取り巻きたちもざわつき、顔を見合わせている。
美玲は焦りつつも、悠真を指さして言い訳する。
「ち…ちがうの!こいつが、こいつがやれって言ったの!!」
「へぇ〜?って言ってるけど、そうなの?悠真くん?」
詩乃が僕の方を向いてそう聞いてくるが、震えで何も答えることは出来なかった。
「そ、そうだよ!悠真くんが…!!」
取り巻きたちが美玲に同調し始める。
あぁ、きっと麻藤さんも大野さん達を信じちゃうんだ…。
「う〜ん…でもさ〜この動画、先生に渡したらどうなると思う?」
「だからそれはこいつが…!」
「真実なんていくらでも捻じ曲げれるんだよ?」
「じゃあ勝負しよっか!ボクにこの動画を消させたくなったらキミたちの勝ち!」
「簡単でしょ?リミットはー、そうだな…来週の金曜日まで!どう?」
「じゃ、楽しい土日を〜!」
と言い残し詩乃は教室を立ち去った。
そのまま僕は放置され、大野さんたちも「あれ、やばくない?」などと会話をしながら、帰っていった。
✡
土日が明け、月曜日。
ボクが登校すると上靴に画鋲が盛られていた。
こんなもんなの?しょぼくない?
捨てれば終わりじゃん。
画鋲を近くのごみ箱に捨て、上靴を履く。
「おはよー!」
教室に入ると、皆から顔を逸らされた。
無視しろ、みたいなこと言われてるのかな〜?
机の中に残してきたノートや教科書類は落書きでびっしり。ビリビリに破られているものもあった。
わぁ、教科書って破れるんだ?ま、内容全部覚えてるしいっか。そもそもいらないし。
教科書ないことバレなければいいもんね♪
トイレに入ると、上から水をかけらそうになった。
まぁ避けたけど。
まだまだこんなものじゃないでしょ?
これからどんなの仕掛けてきてくれるのか、楽しみだな〜っ!
✡
いじめの矛先が僕から麻藤さんに変わって、もうすぐ4日が経つ。
いじめは日に日にエスカレートしている。
最初の方は回避したりしていたけれど、人数差でそれも出来なくなってきていた。
それでも、麻藤さんのランドセルはいまだ綺麗なままだった。
あの人数差で、どうやってランドセルを守りきってるんだろう…?
✡
今日は、勝負の最終日。
結局あれからも色々受けてあげたけど、全部くだらなかった。
つまんないからさっさと校長に証拠画像出しちゃおうかとも思ったけど、それじゃ面白くない。
もう作戦は出来てるから、あとちょっとで面白いのが見れるよ♪
*
三限目の理科の時間。その日は屋上に出て太陽の動きを観察する、というものだった。
全員で屋上に出て先生の話を聞く。
いちいち全部つけるのめんどくさいから、今は日傘だけ。
これも何回か狙われたっけなー。
ま、触らせないけど。
みんなに貰った大切な大切な日傘。指一本触れさせない。貴方たちが触っていいものじゃないの。
あらかた説明が終わり、それぞれ色んな場所で観察をしていた。
ボクは美玲に近づき、耳打ちをする。
「―――。」
「……はっ?」
「お前、なんでそれを…」
「…なんでだと思う〜?」
「…っ…お前…!!!」
美玲が声を荒らげてこちらに向かってくる。
あれ?思ってた反応と違うなー…?
このまま避けたらこの子真っ逆さまだけど…
ま、いっか!
✡
詩乃をここから突き落とそう、そう考えるより先に、体が動いていた。
詩乃は少し驚いた表情を睨みつけながら、あたしは手を突き出す。
しかし、ふわり、とあたしの手は空を押す。
滑らかな動きであたしの手を避けた詩乃は、唇の橋を上げ、小さく手を振っていた。
そのまま、あたしの身体は支えをなくし、あたしが地面へ真っ逆さまに落ちていく。
「悠真くんをいじめることって、ほんとに姫奈ちゃんが望んでたことなのかな?」
詩乃に耳打ちされた言葉は、あたしにとって図星だった。
*
神谷姫奈は5年の中で、いや世界一可愛い。
あたしはそんな姫奈と幼なじみであることが、誇らしかった。
姫奈の役に立ちたい。
姫奈のいちばんでいたい。
そんなとき姫奈に恋愛相談をされた。
長谷川悠真。それが姫奈の好きな人だった。
「姫奈ならぜったいいけるって!大丈夫!!あたしが保証する!」
そう励ましながら、あたしは告白を促した。
だって可愛い姫奈が、フラれるなんて思わなかったから。
「僕は神谷さんのこと好きじゃない。だから付き合えない。ごめんなさい。」
嫉妬だったのかもしれない。
あいつは姫奈のいちばんになったのに、あいつは姫奈をいちばんにしなかった。
それが許せなかった。
*
天誅って、こういうこと言うんだろうなぁ…。
スローモーションのようにゆっくりとした視界のまま、あたしの身体は地面に打ち付けられた。
✡
「キャー!!!!!」
「先生!!美玲ちゃんが…!!」
そんな悲鳴を皮切りに、あたりは騒然となった。
落下した大野さんは救急車で運ばれていき、そのまま5年1組は下校となった。
*
皆が教室を出て、中には僕と麻藤さんだけになった。
「…あ、あの…」
なんて声をかけようか、そう迷っていた時
「これでいじめ問題解決〜っ!」
「や〜っと帰れる〜!!」
麻藤さんは歓喜の声を上げながら伸びをする。
「あぁそうそう。証拠画像とかはぜ〜んぶ校長に渡してから消えるから、キミは安心していいよ?」
「………転校する、ってこと…?」
「え?まぁそういう話になるんじゃない?」
「主犯の美玲はこれで大怪我だし、姫奈って子にも接触したから、いじめの件はもう大丈夫だと思うよ?」
「心配ならこの後病院行って釘刺してくるけど?」
「そう、じゃなくて…」
ずっとここにいてくれないのか、なんて言葉は言えなかった。
「んー…カラコン外してったら誰かわかんないかな〜…?」
そんな僕を他所に麻藤さんは、そうボヤいていた。
「あの、えっと…あとう……詩乃、ちゃん!」
勇気を出して下の名前で呼んでみた。
「…何?言いたいことあるなら早く言ってくれる?」
詩乃ちゃんは、ちょっと不快そうな顔でこちらを見た。
「……次の学校はどこの学校なの?」
引き止めたかった。それでも、こう聞くので精一杯だった。
「え?次?……んー…京都じゃない?」
「あっ!新幹線混む前に取らなきゃ!!」
そう言ったあと素早く帰る支度をし始める。
そんな時、詩乃ちゃんが手に握っていたスマホから着信音がなる。
「あれ?たぎじゃん。どうしたんだろ?」
そう言いながら彼女は電話に出る。
「もしもしー?なに〜?今ちょうど……は!?バグった!?!?…どれが?」
詩乃ちゃんは心底嬉しそうな表情で、電話相手に話しかけた。
そんな表情、この二週間一度も見た事がない。
鼓動が、心臓の音がうるさかった。
その笑顔は自分に向けられたものではない、と分かっていても。
「…うん。うん。あ〜…?はいはいはい?………な〜るほどね〜?なんでよりによって今かなぁ!?どうせあそこでしょ〜?サイバー攻撃するならボクがいる時にしてよねー!!まあ新幹線の中でやれるだけやってみるよー」
詩乃ちゃんはランドセルの肩紐も掴んで、教室から出ていこうとする。
今、話しかけなきゃ絶対に後悔する。そう感じた。
「待って!!」
「は?何?……ちょっと後でまたかけ直すから切るねー!」
電話を切りながらこちらを振り向いた詩乃は、心底不快であるという表情をしていた。
う…。ごめんなさい。でも、今じゃないと…
「また、きっとまた、会えるよね…!」
言いたかったことは色々あるけど、一番聞きたかったことを尋ねた。
「はぁ?電話邪魔しといて、言いたいことそれ?そんなのその時の運次第でしょ。それくらい自分で考えてくれる??じゃ、もう帰るから。」
なんて辛辣にこちらの質問に答えた後、教室から出ていった。
彼女が去った教室に最後まで残ったのは、背中でも声でもなく、透明になりかけた甘い香りだけだった。
僕はチクリと痛む胸に手を置き、涙をこらえることしか出来なかった。
この気持ちは何なのだろう…?
✡
高校受験前の一大イベント、修学旅行。
京都の歴史ある街並みの中で俺は人探しをしていた。
齢10歳にして人生のどん底にいた俺を救いあげて、命まで助けてくれた恩人。
―――麻藤 詩乃。
小学生にしては恐ろしく冷酷な思考と、頭脳。
鏡みたいに光を反射する白金色の髪。
アルビノ特有の紅色の目。
人を惹きつける不思議な模様を宿す瞳。
何よりも、真っ暗だった俺の人生に光を与えてくれた。
俺はそんな彼女のことがこの4年間忘れることができなかった。
彼女が転校を告げられた後、何とか聞き出すことが出来た次の場所。
それがここ京都だった。
彼女はもうここにはいないかもしれない。
それでも俺は詩乃ちゃんのことを探さずにはいられなかった。
この四年間、あの時感じたあの感情は恋だと理解した。
そうと分かれば俺は、彼女に見合う男になろうと血のにじむ努力を重ねた。
定期テストの度に俺は猛勉強を重ね、学年一をとった。彼女は頭が良かったから。
色々な動画を見て垢抜けた。彼女は可愛かったから。
沢山話しかけて、友達を沢山作った。彼女はあの二週間で数多くの人と友達になっていたから。
いじめられっ子を見つけて、助けた。彼女はあの時の俺にそうしてくれたから。
*
修学旅行は今日でもう最終日。
やっぱりもう……なんて諦めかけた時、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あれ!? 花お姉さん!?久しぶり〜! 最近来てくれないから寂しかったよ〜?」
「え〜!ごめんってー!笑 最近忙しかったの〜。 でもたまたま来て詩乃ちゃんいるの、わたし運良くな〜い?」
とある甘味処の店員さんと、お客さんの会話。
店員さんの声には聞き覚えがあった。忘れるはずもない。砂糖菓子みたいに甘くて、可愛らしいあの声。
反射的に俺はその甘味処の方を振り向いていた。
せり出した屋根の下にできた日陰には、客であろう20代くらいの女性と、
――かつての麻藤詩乃がそっくりそのままそこに立っていた。
1つ違う点は右眼が紫色であることくらいであろう。
そういえば、カラコンが何とか…って言っていたような。
彼女を一目見たとき俺は、走り出していた。
「あの!!麻藤詩乃、さんですか!?」
こちらに気づいた彼女の顔には、困惑の表情が浮かんでいた。
「…は?いや麻藤詩乃、ではあるけど……誰?」
「俺、4年前○○小学校で助けてもらった長谷川悠真です!」
そう自己紹介をした後、彼女は少し考えた末何かを思い出したのか顔を上げる。
「うーん、覚えてないや!ごめんね?多分人違いだよ?」
にっこりと笑ってそう言われた。
「でもっ!喋り方も声質も似てて…!ほら!同じクラスで、いじめから救ってくれた…!!」
俺は、諦めずに食い下がる。
「いじめ〜?そんなの救った覚えないけど?」
「それに、キミと同い年ならボクいま中高生とかでしょ?ボク成人してるんだけど?」
「………え…?」
成人、と言われても理解できなかった。
彼女の仕草は4年前の麻藤詩乃そのものだった。
「とりあえず、入店する気ないなら迷惑だから帰って?」
彼女はそう言い捨てて、お店の中へと引っ込んでしまった。
どれくらい時間が経ったのだろう。俺はその場に立ち尽くしていた。
秋なのにまだまだ猛威を振るう太陽が、嘲笑うかのようにジリジリと俺の身を照りつけた。
けれどあの紅色の瞳は、確かに俺を見ていた。
――本当に人違いだったのか、それとも…。
絶望のまま、俺の修学旅行は幕を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます