non-case. 本部ギルド職員 ミア・オーリック22歳(1)
「はァ…?」
腹の底から声が出る、とはこのことだった。
ミア・オーリックはギルド長ヴェルトフから下された辞令に納得のいかない態度を隠さなかった。
ここは冒険者ギルド中央本部の執務室。
出された辞令はひと月ほどリタ・パルマの下について復帰支援職をともに遂行する、というものだった。
ふわふわしたキャラメル色の髪をツインテールにし、愛玩用の小さな犬を思わせる愛くるしい容姿に似合わず負けん気の強いミアは、屈強なギルド長ヴェルトフに一歩も怯むことなく口を開いた。
「お言葉ですが、ギルド職員としての教育はアカデミーで受けてきました。魔力量が足りなくて冒険者になれなかった私だからこそ、支援対象者に寄り添ったサポートができると自負しています。現に、私が復職させた冒険者はこの3年間で既に30名以上。
それだけ結果を出してきた私が、なぜ実績10名にも満たない南部あがりの役なし職員の下につかなきゃいけないんですか?」
「まあ、何事も経験だと思ってくれ。リタは実績こそ少ないものの、彼女が担当した冒険者たちの復帰後の活躍には目を見張るものがある。色々と勉強になることも多いだろう。」
「それは、たまたま配られたカードが強かっただけで、運の強さで勝っているだけですよね?」
ミアは、自分をなだめながらもため息をつくヴェルトフに苛立っていた。
仕事に対しては人一倍高い意識をもってきたつもりだ。荒くれものの集まるギルドで働くには気が強いほうが長続きすると好印象だったではないか。
アカデミーで座学に限り優秀な成績を収めたミアは、卒業後すぐにギルド中央本部へ採用されるというエリートコースに乗っている…はずだった。
それがなぜ、南支部からやってきたリタ・パルマに教えを乞わなければならないのか。
年齢こそミアの方が2歳下だが、勤続年数でいえばリタ・パルマはまだ3年目。自分のほうが1年先輩にあたる。おまけにリタは冒険者ギルドに入る前に何をしていたのか出自も不明である。
地方の冒険者一人を復帰させるのに一か月以上戻ってこないこともザラだと聞けば、ミアの中でリタ・パルマは窓際に追いやられた役立たずでしかなかった。
しかし、この辞令が覆らないこともミアは知っている。
口のきき方や態度が悪くても、実力があれば許される業界とはいえ上の命令は絶対だ。
これ以上の抗議は無駄だと踏んだミアは、しばらく我慢すれば通常業務に戻れるのだとため息をついて執務室を後にした。
リタ・パルマが中央本部に異動してきてからまだ3ケ月。その間あちこち地方へ出張に出ていたので、異動初日の挨拶以外でミアが彼女とギルド内で顔を合わせたことも、まともに会話もしたこともない。
そんなわけで、ミアはリタ・パルマと二度目の初めましてを迎えることになったのだった。
「今日からよろしくお願いいたします。これ、お近づきの印によかったらどうぞ。」
ギルドの執務室で、リタは小さな小袋を差し出してきた。中身は数種類の干した果物が入っていた。
「…ありがとうございます。ミア・オーリックです。本日よりご指導お願いいたします。」
なぜこんなものをギルド職員の自分に渡すのかとミアは首を傾げた。
そんなミアの疑問を、目の前の地味な女はしっかり見抜いたようだった。
「あ、今なんで冒険者の非常食なんか渡すんだって思いましたよね?携行食として食べるのもいいんですけど、このままお茶にいれるとフルーツティーになるんですよ。肌にいいポロの実も入っているので美容効果もばっちりです。お好みで蜂蜜を足すのもおすすめです。」
ミアは驚いた。絶大な美肌効果から、貴族の御婦人方がこぞって欲しがるポロの実。採集依頼の中でも最も難易度の高いものを、なぜほいほい人に配れるのか。
もしかして実家がとてつもなく裕福なのか、もしくは高価な実を気軽に融通してくれる冒険者でもいるのだろうか。
「ポロの実なんて貴重なものを頂くわけには…。」
しかしリタは有無を言わせず「ひと月ほどよろしくお願いいたします。」とにっこり笑うだけだった。
思っているほど悪い人ではないのかもしれない。
勢いでポロの実にほだされたミアは、おとなしくリタの仕事に同行することにした。ギルド長があれほど言うのだ、おそらく彼女には何かあるに違いない。
…と思いたかったが、初日から潜在冒険者リストの中から所在がはっきりしている者を訪ね歩くだけで、その実情はミアのこれまでの実績には程遠いものだった。
*
「今日はエルマーさんのお宅から伺いましょう。」
リタ・パルマの下につくようになってから十日目。
ミアは王都の劇場前広場を歩きながら「またですか?」とうんざりした声で答えた。
B級冒険者エルマー・ギロックのもとを訪ねるのは、今日で3度目だった。
ギロック男爵家の三男で、現在は実家で家業手伝いのようなことをしているらしいが、誰がどうみても無職である。暇を持て余して冒険者としてのスキルもあるのになぜ働かないのか。ミアが嫌いなタイプの潜在冒険者だった。
さらに嫌なのは、リタ・パルマが肝心の復職の話を強く勧めるでもなく、お茶をしばいてにこやかに帰っていくだけということだった。
冒険者不足と言われて久しいが、ギルド職員だって忙しいのだ。一回のアプローチはもっと効果的でなければならない。復帰させないとここまで来た意味がないのに。また来ますね、なんて無駄の極みでしかない。
魔獣に噛まれた脚が化膿して半年歩けなかったと言うが、今は何の問題もないと医師の診断もおりている。やる気さえあればいつでも復職できるはすなのだ。はっきり言って甘えている、とミアは思っていた。
「なんでもっと押さないんですか?彼、今日なら復職を約束させられましたよね。そんなことだから、いつまでたっても窓際職員だって言われるんですよ!リタさん、いっつもどこかに飛ばされて、本部にいないじゃないですか。」
いつもいつも食べ物のことばかりで飄々とした態度が気に入らない。
ミアは言葉を選ぶことなくそのまま投げつけた。少しは怒ってこちらに反論するなり、ギルド長に文句を言うなりすればいい。そんなミアの憤慨は、リタには響かないようだった。
「ミアさんの言う通り、圧をかけてエルマーさんを復帰させるのは簡単です。でも冒険者として長く活躍してもらうには、本人が納得して、腹をくくってからじゃないと駄目なんです。」
「そんなことを悠長に待っている間に、やっぱり復職をやめようって思ったらどうするんですか?目の前でみすみすチャンスを逃すことになるんですよ?」
「いいですか。エルマーさんは私たちが毎回訪れる度にお茶菓子を用意してくださいます。しかも王都屈指の人気焼き菓子店ロルフの、数量限定で販売されているマドレーヌです。望まない来客に、こんな貴重なお菓子を出しますか?」
「…そりゃ、出さないでしょうけど。」
「そう。つまりエルマーさんは心のどこかでは冒険者に未練があるということです。でも、その気持ちを無理に引きずり出して復職させてはいけません。まずはギルド職員に会ってみよう。話を聞いてみよう。気になってることを質問してみよう。そうやって信頼を重ねていくんです。」
ミアは頷きつつ、内心納得はしていなかった。
リタは出されるお茶菓子が楽しみなだけで、彼が復帰してもしなくても別にいいんじゃないかとすら思えてくる。ロルフがいかに素晴らしい菓子店かを力説するリタを前にミアは小さくため息をついた。
「私が窓際だと言われているのは否定しませんが、あなたはその窓際から学んでこいとギルド長に言われてきたのではないのですか?ミアさんは確かに大勢の冒険者を復帰させてきました。ですがそのうちの何名が今も冒険者として活躍しているでしょうか?」
思いもかけないリタの問いかけに、ミアは口ごもった。
確かに、ミアが担当した復職者は数こそ多いものの、再離職率もまた高かったのだ。
「色々な事情があって冒険者を辞めた方々です。復職してほしいというのはこちらのわがままだということを忘れないでください。復職支援は、冒険者に戻して終わりじゃないんです。復職後も困ったことがないか支援を継続していく。そういう前後のケアが大切だと私は思っていますよ。」
急に先輩らしいことを言い始めるリタにもやもやした気持ちを抱えるのは、リタの言っていることが正しいからだ。ミアはそれを認めたくはなかった。
「信頼とか前後のケアって。言っちゃ悪いけどそんなの女をちらつかせれば簡単じゃないですか。リタさんだってよく見れば可愛い顔をしてるのに…。なんでそれを武器にしないんですか?」
若い女だからと舐められることは山ほどあった。悪気のない悪意に真向から立ち向かうのは無駄だと、学ばざるを得なかった。だったらこの容姿と性別を利用すればいい。
そう思ってやってきたのに、なぜかリタの前では胸を張って言えなかった。
「たしかに、それで復職を決める人がいるかもしれません。ですが冒険者として復職した先にいるのはミアさんのように可愛らしい女の子ではなく魔獣です。
戦場で勝ち抜いて、生き残るモチベーション維持するには、自分で選んで自分で決めたという自負が必要なんです。」
戦場?ミアはハッと乾いた笑いを発した。
一体彼女は何を言っているのだろう。ギリギリ魔力量が足りず、冒険者になれなかった自分への当てつけだろうか。
(ムカつく…)
ミアはその日、最低限のやり取り以外はリタと一言も口を利かなかった。
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