non-case. 本部ギルド職員 ミア・オーリック22歳(2)
ミアの「窓際」発言から、二人の間には微妙な空気が漂っていた。
…と思っているのはミアだけで、リタはいつもと変わらないように見えた。そのマイペースさが、さらにリタの心のもやを色濃くしていく。
ギルド長はあきらかにちぐはぐな雰囲気に気付いているものの、敢えて何も言わないようだった。自分でなんとかしろということだ。でも、ミアにはどうしていいのか分からなかった。
そんなある日、二人で復職して間もない冒険者のために『おすすめクエストリスト』を作成していると、ギルド長ヴェルトフがやってきた。書類に一瞥をくれると、少し気まずそうに口を開いた。
「リタ、急で悪いんだが明日からトーマの森に行ってくれるか?」
「ええっ?あそこは西北支部の管轄ですよね?なんで私が…。」
突然の出張命令に、ミアも驚いた。
やたらと地方に行かされているとは思っていたが、まさかこんな無茶ぶりをされていたなんて。トーマの森へ明日到着するなら、午後にはここを出なければならない。
「ゴブリンの群れが森近くの集落を襲ったらしくてな、あっちも人手が足りねぇんだ。」
「人が足りないからってこないだもビャンビャン渓谷に行かされましたけど。いえ、行くのはいいんですよ。でもせめて、美味しいものが食べられる場所にしてくれないとモチベーションが上がらないというか、店もないから本当に食べるものに困るんですよ。専属の料理人の同行を願います。」
地方に行かされることについて文句はないのか、とミアはリタの優先順位のぶれなさにもはや感心するしかなかった。
「料理人の同行はできんが、帰ってきたらうちの揚げ鶏でどうだ?揚げたてのやつにゼンゼロとリーキのソースをたっぷりかけて腹いっぱい食わせてやる。」
「行きましょう!」
「決まりだな。」
ギルド長はニヤリと笑った。おそらく最初から揚げ鶏ありきの依頼だったのだろう。しかしそれはそこまで食に情熱のない自分には関係ないのに、とミアは思った。
「待って下さい。いきなり明日と言われても私も準備が。」
ミアの発言に、ギルド長はああ、と首を横に振った。
「いや、今回はリタ一人でいい。少々込み入った仕事でな、リタにしか頼めんのだ。」
「込み入って仕事って…それに、うちの揚げ鶏ってなんですか?まさか、ギルド秘蔵のポーションや薬草の隠語…?」
「違いますよミアさん、ギルド長はかつて有名な冒険者であったと同時に、非常に腕のいい料理人でもあるのです。離乳食から煮込み料理、揚げ物スープにデザートから記念日ディナーまで。こう見えて実に繊細な仕事をする方なんです。」
「こう見えては余計だろ。」
リタはギルド長のツッコミを容赦なく無視して続けた。
「ちなみにうちのギルド内にある託児所で出している食事も、小さな子どもでも食べやすい味付けと栄養バランスを考えてギルド長がレシピを考案してるんですよ。」
「食は冒険者の命だからな!どんな武具やポーションよりも、まずは日々の食事だ。」
「その通り。ギルド長の作る揚げ鶏は世界一です。中はしっとりジューシーで、皮はパリッパリのサクサク。その上にあっさりした特製ソースがかかっていて、パンにもライスにも合うんです。と言うわけで私は数日留守にしますが、ミアさんは引き続きエルマーさんのカウンセリングをお願いします。」
こうして、ミアは研修中だというのにひとり中央本部に残されることになった。とはいえリタの下につくまでは一人で仕事をしていたのだ。元に戻っただけのことだと、リタの不在を不満に思うどころか、そのまま西北支部に異動になってくれればいいのにとさえ思うのだった。
*
リタがトーマの森に出張してから、ミアは言われた通りに仕事をこなしていた。
今日には帰ってきてギルドに顔を出すらしいが、正直一日でも長く別行動をしていたかった。
リタ・パルマの下につくのもあと一週間。とにかく無難に終わらせてしまおう。ミアはそう思いながら、教会近くの食堂で昼食を終えてギルドに戻るところだった。
「すみません。お姉さんって冒険者ギルドのスタッフさんですよね?」
ふいに呼びとめられたミアが振り向くと、そこには二人の若い男が立っていた。恰好と装備。それに呼び止め方からして冒険者だろう。
「そうですけど、何か御用でしょうか?」
休憩時間中に声をかけられることを、ミアは嫌っていた。
相談があるならギルドカウンターにきて、しかるべき手順を踏んで話をするべきなのに。そんな配慮は目の前の二人には全くないらしい。
「俺ら、数年前にギルドに登録したけどあんまり経験がないペーパー冒険者で。お姉さん、復職支援なんてことしてるって聞いたんで、ちょっと相談させてもらえないかなって。あ、良かったら夕食ご馳走するんでお仕事の後一緒にどうですか?」
リタ・パルマなら迷わず行くのだろうとミアは思った。彼女のことだ、奢りだと分かった瞬間ちゃっかり店まで指定しそうだ。もしかしたら既にそんなことをしているのかもしれない。
だからこんな輩が自分にも声をかけてくるのだ。ペーパー冒険者なんて言ってるけど、それなりに活動しているのは装備を見れば明白だった。
「申し訳ありませんが、ご相談はギルドカウンターで承っております。」
胸のうちでは呪詛の言葉を吐きながら、あくまでも表面上はにっこりと、ミアは丁重に断った。
「そう言わないでさぁ、お姉さんに聞きたいんだよねぇ。それにほら、これもどうしていいか分からなくって。」
チャラチャラした自称ペーパー冒険者のうちの一人が鞄の中からそっと布にくるんだ卵を取り出した。
両手に乗せてぎりぎりおさまるくらいの大きさで、薄いオレンジ色の卵殻には茶色の縞模様が走っている。よく見ると、縞模様が細かく動いている…。ミアはそれを見て息を飲んだ。
「これをどこで…?」
「ああ、ヤーマンの廃ダンジョンでスライム狩ってた時に見つけたんだ。ピッコロドラゴンの卵を見つけるなんてラッキーだったよ。ほら、最近卵から育てて愛玩用にするの流行ってるでしょ。お姉さん可愛いから、なんならプレゼントしてもいいけど?」
その目はミアの脚から胸までを舐めるように見ていた。若い冒険者にはよくこんな目を向けられるが、今は憤りすら感じなかった。
「違う…。」
「え?何が?」
男二人に応えることなく、ミアは卵を凝視した。
ピッコロドラゴンは小さくて穏やかな気性なので、確かに一部の貴族の間でペットにすることが流行っていると聞いている。卵は冒険者ギルドでも高報酬の依頼として需要がある。でもこれは違う。ピッコロドラゴンの卵に擬態して人間や動物を襲う極めて残忍なグールだ。
アカデミー時代の講義・魔獣概要論でちらりと出てきただけで、実物を見るのは初めてだった。
ここで擬態を解かれてはまずい。ミアは周囲を見渡した。
人払いをして、できればB級以上の冒険者を呼んでこなければ。しかし遅かった。
「あれ、なんかコイツ動いてる。うわっ、もしかして孵化する感じ?」
男のまぬけな声に、ミアは「卵から離れてっ…!」と叫んだ。そして首からかけていたホイッスルを取り出した。
緊急時に鳴らすギルド職員専用のものだ。二回吹けば応援要請の合図になる。ミアはそれを空に向かって勢いよく鳴らした。
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