case2.日雇い土木作業員カイ・ニールセン 33歳 元タンク(5)

長いことグロスト湖を占拠し続けてきた水魔・ケルピーが討伐されたという話を、街の人々はなかなか信じようとはしなかった。


念の為、と調査に駆り出された冒険者パーティがケルピーの胴体を持ち帰り、リタが持ってきた頭部をカイがそこに添えて初めて、街は大賑わいの大騒ぎになった。

湖を知らない子どもをボートに乗せてやりたいと思う若い親世代や、イヴのように子どもの頃に出かけて思い出になってるのでもう一度行きたいと願っていた住人が山ほどいたのだ。


ケルピーの死骸は、再び蘇って悪さをしないよう、教会立ち合いのもとで丁重に火葬することになった。

街の広場に高く頑丈な櫓を組んでそこに火をくべ、胴体と頭を焼く。大量の水蒸気をあげながら、死骸は一晩かけてゆっくりと灰になっていった。


火の番をする人達へ差し入れが行われ、見物人も集まって、広場にはあいつのまにか屋台が並びはじめた。その騒ぎを聞きつけた大道芸人や楽団も駆けつけて、街全体が祭りの空気に包まれた。


リタはその屋台をひとつひとつ吟味しながら、豚バラ肉の串焼きと汁そばを買った。屑野菜と細切れ肉を炒めたものが乗っている温かいそばで、労働者が手早く食べるために考案されたらしい。リタは串と汁椀を持ちながら、はたと己の失策に気が付いた。


両手にこんなものを持っていたら、腰かけるスペースを見つけたところで食べにくい。欲張らずに一つずつ買えばよかった…リタが悔やんでいると背後から肩を叩かれた。

苦悶の表情で振り向くと、そこにはエールの入ったカップを手にしたカイ・ニールセンが立っていた。


「ニールセンさん。こんにちは。」

「リタさん、もしかして食べる場所を探してます?」

「はい。」

「座れる場所あるんで、ついてきてください。」


カイはそう言って人混みを縫うように広場から一本奥まった通りへと入っていった。

ちょうど教会の裏に当たる場所で、あちこちから木箱を持ち寄って休憩スペースが作られていた。


広場と違ってほどよくスペースが空いており、二人は隅に腰を下ろし、リタは大切に持ち運んできた汁椀をそっと木箱の上に置いた。


「ありがとうございます。すみませんが、麺は出来立てが命なので頂きますね。」

「ゆっくり食べてください。そのために案内したんで。」

「では!」


リタはゆっくりとスープを飲むと、ため息をついた。

一仕事終えた後の祭りで食べる汁そばは、最高の一言だった。それから脂身がカリカリとした串焼き肉にもかじりつく。王都で食べる串焼きの3倍は大きい肉は、正しくリタの空腹を満たしていった。


「今日は一人なんですね。」

カイにそう聞かれて、リタは一体何のことだろうと首を傾げた。

「いや、ケルピーを単独で狩るほどの実力の持ち主に、できれば会ってみたかったなと。」

「ああ…!」


リタは深く頷いた。

色々と面倒なことになるとまずいので、ケルピーは親しい冒険者が駆けつけて倒してくれたのだと説明したのをすっかり忘れていたのだ。


「あの人、忙しいみたいで、もうこの街にはいないみたいですよ?」

「そうなんですね。残念だけど、そりゃそうですよね。」


うまいこと納得してくれたカイに安堵して、リタは串焼きの最後の肉を頬ばった。

「そんなことより、約束通りイヴさんをデートに誘ってくださいよ。」

「実はこれから彼女のところへ行こうと思ってたんです。この騒ぎで花屋も出店をやっているみたいなので、ちょっとだけ酒の力を借りておこうと。情けない話ですけど、冒険者もやめて、今の俺はただの日雇い労働者ですから…。」


そう言ってうつむくカイの背中を、リタはそっと叩いた。


「では微力ながらギルドの力もお貸しいたしましょう。」

「どういうことですか?」

「実は、ある冒険者パーティがタンクを探しているんです。地元密着型の穏やかな人達で、冒険者というものの、街のためになる依頼を中心にうけているんです。私がケルピーの回収を頼んだのも彼らです。活動実績が地味で、冒険者としてのし上がりたい若者には不人気なのですが…。ここだけの話、下手なダンジョンに行くより稼ぎがいいんですよ。」


リタはそう言ってカイの目を覗き込む。大丈夫だ、と彼女は思った。


「ニールセンさんの人柄や条件にも絶対合うと思うんです。どうでしょう、お試しでもこのパーティに参加してみては?無理なく長く活動できるパーティかと。」

リタはカイが決断するのを隣でじっと待っていた。


やがて、カイは「その話、受けます。」とだけ答えた。

「では。まずはお試しで3か月ほどー」

「いえ、先方さえよければ正式加入したいです。」

「…いいんですか?」


「俺、独りよがりだった自分を恥じて冒険者をやめたんです。でも、人のために活動できる冒険者になら、持てる力で誰かの役に立てるなら、復職したい…。」

「そうですか。」

カイの顔にもう迷いはなかった。

きっと街一番の冒険者パーティになるだろう、とリタは思った。



王都の冒険者ギルド本部に戻ってから一か月後、リタは一通の手紙を受け取った。

差出人はカイ・ニールセン。冒険者としての復帰はまずまずで、母親を引き取ることができたそうだ。

イヴとも湖でボートに乗ったらしく、彼女の誕生日に結婚を申し込むつもりだ、と書かれていた。


手紙の末尾には

―すべてはリタさんのおかげです。

と感謝の一文が添えられていた。

それは違う、とリタは内心否定する。

すべてはカイ・ニールセンの人柄と、グロスト地方の偉大な麺料理のおかげなのだと。

うっかりケルピーの首をぶった切ってしまうくらい、美味しい麺料理だったと思うのだった。

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