優等生と嫌味なメガネ君
「セロ……オルガ」
私は八年前のように彼のフルネームを小声でつぶやいた。
当時、辛いときも彼の名前を言うと元気になる気がして、よくつぶやいてた。
ああ……もう間違いない。
見間違えるはずも無い。
彼の美しいブルーの瞳。
そして燃えるような赤毛。
もちろん八年の間に変わっている所はある。
髪は当時と違い、短く爽やかにカットされているし、口元の無精ひげも当時は無かった。
でも、それは彼の魅力をいささかも損なうものではなく、むしろ野生的で男性としての魅力を高めている。
知り合いだろうか? メガネをかけた男性と話しているセロに向かい、私はフラフラと足を進めようとして……ハッと立ち止まった。
そして慌てて後ろを向く。
彼から……離れなきゃ。
私は絶対に彼と共に居てはいけないんだ。
パパはセロの母親を奪い、故郷を滅ぼした。
彼から大切なものを奪い、決して消えない傷を心につけた。
私はそんな存在を生み出したんだ。
彼にとっては、憎むべき敵と同じ。
そうだ。
もしセロが私の事を覚えていたら。
そして、私の正体を知ったら。
彼は私を許さない。
嫌だ。
私は彼に背中を向けたまま、その場を立ち去ろうとした。
だが……足が進まない。
離れよう。
私は……出会っちゃいけないんだ。
それに私は、パパを殺さないといけない。
そんな力のある魔導師にならないと。
昔の初恋なんて……馬鹿馬鹿しい。
私の脳裏にプレッシ村でのセロが浮かぶ。
いつも遠目から見ていた彼の姿。
どれだけ夢見ただろう。
セロと並んで会話できる日を。
彼に微笑みかけてもらえる日を。
パパの村での立場もあって勝手に卑屈になって、遠めで見るだけだった彼……
私……私は……
逡巡していると、セロと友達は何か話しながら向こうに歩いていく。
入学式の会場となる大ホール。
私も……行かなきゃ。
あ、そうだ。
席順ってどうだったっけ?
自由だったかな?
誰かに……聞かないと。
その言葉はまるで子供の玩具のようにちゃちな免罪符だった。
でも、私は小走りで彼らの所に駆け寄った。
そして、足音に気付いて振り返るセロとお友達に向かって言う。
「あの……入学式の席順って自由でしたっけ? ゴメンなさい、式要綱の冊子失くしちゃって……」
そう言いながら、私の指は信じられないほど震えていた。
バックパックに入ってる要綱の冊子、見られないようにしなきゃ……
震える私を見て、セロはやさしく微笑んだ。
「席順は自由だよ。災難だったね。入学式で冊子無くしたら焦るよね」
ああ……
私は頬が火照るのを感じた。
あの日のままだ。
虐められて泣いてた私といじめっ子達の間に入って、守ってくれたあの日のまま。
優しい微笑みと目……
私は顔を伏せてつぶやいた。
「はい……どうしよう、って思っちゃって」
すると、隣にいた眼鏡の男性が私を見て言った。
「これからは気をつけろよ。ここってみんな仲良く卒業! って所じゃないんだからさ。いつでも助けてもらえるって考え方あるなら、普通にヤバいと思うよ」
「ハンス。誰でも緊張したらミスはある。その都度助けてあげればいい。ここでの生き残りとそれは別だ」
「セロ、お前のそのクソ甘な所、早急に直せ。五年付き合ってるけど、やっぱムカつく。後、今までも『色んなやり方』でお前に近づこうとしてた女子多いの……忘れてんの?」
ハンスと言われたメガネの男性のその冷ややかな良い方に私は顔がカッと熱くなった。
何と言うか……自分の中の邪さを見すかされたようで。
ただ……無性にイラッとくる、このメガネ君。
セロほどでは無いけど、このメガネの人も結構綺麗な顔をしているけど、中身は……ふん。
ま、私が言うもの何だけど……
「ハンス、みんな真剣に魔導師になろうとしてる。それは彼女に失礼だ。謝れ」
ハンスはセロをジロッと睨んだけど、やがて渋々私に向かって首を小さく傾けた。
「悪かった」
「いえ……私こそ自覚が足りませんでした」
私もセロの言葉に自分の邪さを恥じる気持ちが湧き上がり、ハンスに素直に頭を下げる。
セロはそんな私たちを見て、にっこりと微笑んだ。
「二人ともありがとう。……君、良かったら仲良くしよう。これも何かの縁だ。こいつの言う通り、俺達はライバルにもなるけどそれ以上に同士だと思ってる。色んな考え方もあるけど、俺は協力していきたい」
「私も……同じです」
セロの言葉に胸の奥がジンワリと暖まるのを感じながら答えた。
「オッケー、じゃあせっかくの縁だ。仲良くしよう。俺はセロ・オルガ。こいつはハンス・ゴア。二人ともルファスの田舎町出身だよ。君は?」
プレッシ村の事……言わない。
彼の胸中を想像して、私は心臓が酷く鳴り響くのを感じた。
口の中がカラカラだ。
どこまで……話そう。
私はセロをじっと見ると、おずおずと答える。
「キャロル・ラーセンです……王都ミンデルで生まれ育ちました。両親は剣術道場を営んでます」
嘘じゃ……ない。
生まれは違うけど、そんなの誤差だ……
「へえ、ミンデルのラーセン剣術道場……知ってる。超有名な道場だよな。生まれからしてお嬢様じゃん」
ハンスの言葉に私は目を逸らしてしまう。
「そんな……こと」
セロは私とハンスをキラキラした目で興味深そうに見て言った。
「へえ、そんな有名なのか?」
「は!? マジで言ってんの? ラーセン剣術道場って超有名だぜ。あそこの生徒、国内の傭兵部隊やSランクの冒険者パーティにも結構剣士、送り出してるし。ホント、お前って魔法以外興味ないね」
「すまん、もっと興味持つよ。いつもお前に教えられっぱなしだな」
そう言ってセロは微笑んだけど、私の喉は乾いて、うまく笑えなかった。
微笑むセロに、ハンスは笑いながら手を振る。
「気にするな、慣れてる」
ハンスはこのやり取りでなぜか機嫌が良くなったようで、私を見て笑顔で言った。
「いくぞ、お嬢様。ここではドレスとか着れないけど、泣くんじゃないぞ」
「……分かってます。ご心配なく」
「えっと……二人とも、急ごうか。そろそろ皆座ってるぞ」
セロの言葉に、私とハンスは慌ててホール内を見ると、確かにほとんど席が埋まってる。
「じゃあ俺はここで一旦失礼するよ。二人とも仲良くするんだぞ」
「……え? セロ……」
ポカンとしながら言うと、ハンスが事も無げに言った。
「セロは首席での入学なんだ。だから式の途中で代表挨拶があるんだ」
我がことのように誇らしげに言うハンスの言葉に、私は思わず目を見開いた。
首席……あの国内最高難度を誇る入学試験で……
私なんて、下から数えた方が早いくらいだったのに。
「おい、座るぞ。あそこ空いてるから。こっち来い」
私達は慌ててホールに入ると、最後列に座った。
それからしばらくして、男性の張りのあるバリトンがホールに響く。
「ただいまより王国歴243年、リグリア王立魔法学校の入学式を行います」
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