リグリア王立魔法学校(後編)
私はリグリア王立魔法学校の学舎となっている塔……通称「黒の塔」を見上げながら、思い出していた。
十二歳の頃を。
●○●○●○●○●○●○●○●○
ある日。
行き倒れの緑のローブを着た年齢不詳な雰囲気の女性を助けた私はお礼にその人からペンダントをもらった。
その人……アリス・ソレアは言った。
「このペンダントはある魔導師の迷宮の奥深くで見つけた。どうも凄い魔力があるようだが、私はもう大きな力を使うことに疲れたので使うつもりはない。君に役立てて欲しい。この箱で力を閉じ込めている。箱から取り出して首にかけると力を得られる」
そう言うと、彼女は旅立って行った。
私はそのペンダントをパパにプレゼントした。
魔法使いの才能に恵まれず、村でも馬鹿にされている父にみんなを見返して欲しかったのだ。
「パパ。このペンダントなら村の人たちを見返せるよ!」
そう言って渡したペンダントを、パパは笑いながら受け取った。
私にはそれと共に、別の目的もあった。
村には一人の男の子が居た。
彼……セロ・オルガは私の初恋の男の子だった。
以前、私が父の事で苛められてるとき、セロが助けてくれて……それ以来好きだった。
でも、パパが村人から馬鹿にされているのを知っていたから、それからもセロと仲良くする事はできなかった。
子供のくだらないプライド。
馬鹿にされている人の娘じゃ仲良くしてくれない。
それに、セロも綺麗な顔立ちで女の子たちからも人気がある。
そのため、遠巻きに彼を見ているだけ。
そのせいでセロは私の事を覚えてもいない。
遠くから見ているだけで満足だったけど、寂しさと悔しさもあった。
父が村の人たちに認めてもらえたら……自分もセロと胸を張って仲良く出来るかもしれない。
そう思ったのだ。
だけど、それは地獄の始まりだった。
ペンダントを渡したあの日の私を……許されるなら殺したい。
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「……どうした、キャロル?」
ハッと我に帰ると、ダリオさんが心配そうに見ている。
「あ、平気です。ちょっと緊張してて」
「ホントに大丈夫なの? ……ねえ、キャロル? 今からでも止めていいよ。私とお父さんが学校の人にはちゃんと……やっぱ五年間は長すぎるよ」
「有難うございます。大丈夫です。学校は……すっごくワクワクしてます。私の新しい一歩が始まるんだな。みんなの役に立てる魔導師になれる一歩だな、って」
嘘だった。
私が魔導師になる目的は一つだけ。
悪魔となったパパを殺すことだけだ。
それが終わったらどこかでひっそりと命を断ってもいい。
そう思っている。
まあ、あの時見た力が変わってなければ、良くて相打ちだろうけど……
でも、ダリオさんとケイトさんにはそんな事は言えない。
「パパの事はもう考えてません。魔導師ってカッコいいし、みんなのお役に立てますから」
と言う方便で受験許可をもらった。
もし、本当の目的を話してたら、二人は何があっても受験などさせてくれなかっただろう。
ため息をつくと向こうの方の人だかりを見た。
よし……行こう。
私は二人に向き直り、深々と頭を下げる。
「ダリオさん、ケイトさん。行って来ます。ここまで来れたのは……お二人のお陰です」
そう言って頭を上げた途端、私はケイトさんに強く抱きしめられた。
「キャロル。身体に気をつけてね。変なもの拾い食いしちゃダメだからね。変な男に引っかかっちゃダメだからね。もし、苛められたら私たちに手紙出しなさい。そいつの特徴書いて。ここに忍び込んでそいつ、夜中にボコボコにしてやるから。それから……」
私は涙があふれるのを感じながらケイトさんの胸に顔を埋めた。
「はい……そうします」
「俺たちは共にある。寂しい時は空を見なさい。俺たちも同じ空を見てる。お前は一人じゃない」
「……はい。見ます」
私は涙があふれて来て止まらなかった。
あの日。
狂気に落ちたパパによって死にかけた私。
戻ってきたアリスさんによって、救い出されて二人に預けられた。
幸せだった。
こんな私を本当の娘みたいに……
ダリオさん、ケイトさん。
八年間、本当に幸せでした。
二人の元に帰れるのは一年に一度。
永遠のお別れじゃない。
でも……ここを卒業できて、魔導師になる事が出来たら、恐らく二度と生きて会うことはない。
だからもう、今までのような日々に戻る事はないだろう。
せめて、その前に一度……
ああ、でも勇気が出ない。
こんな私なんかに。
罪深い私なんかが言っちゃいけないんだ。
たった一度。
お父さん……お母さん……って。
すると、私を抱きしめてたケイトさんがポツリと言った。
「キャロル……お願いがあるの」
「はい」
「私たちを……『お父さん、お母さん』って、言ってくれない?」
私はケイトさんにしがみついたまま逡巡してたけど、やがて勇気を振り絞って言った。
「お父さん……お母さん」
そう言うと、私の中で何かが決壊したように言葉が溢れる。
ああ……私、ずっと言いたかったんだ。
「お父さん、お母さん! 大好き。ずっと……大好き」
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二人と別れた後、私は塔の入り口で合格通知を見せて中に入っていく。
近くでは初老の庭師さんが丁寧な手つきで木を剪定していた。
庭師さんは私に気付くと会釈したので、私も笑顔で頭を下げた。
入り口を一歩入ると「澄んだ黒」とでも言うべき冷たい美しさの外側とは打って変わって、今度は白や白金を貴重とした優しい色合いの、まるで宮殿のような内部だった。
凄い……
私は思わず見とれてしまい、周囲の壁や天井を見る。
天上は採光も充分で、室内の雰囲気をより際立たせている。
ここで五年間学べるんだ。
私は感動しながら天上を見上げていた。
そして、何気なく下げた私の視線は、少し離れた一群に釘付けになる。
……え……うそ?
私は目をぎゅっと強く閉じて、胸を撫でる。
気が昂ぶってる。
冷静に。
だが、今度は私の耳に声が飛び込んでくる。
脳の中にまるで極彩色のように、鮮やかに浮かばせるその声。
私は声の主をじっと見た。
ああ、身体が震える。
唇や指先が冷たい。
神様……そんな。
視線の先に居たのは男性。
それは、プレッシ村に居た私の初恋の人……セロだった。
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