冬が来る前に

夏乃あめ

もう一度

 窓の外を眺めることが日課だ。




 特に変わりのない日々。非日常がいつのまにか、日常に置き換わっていった。

 学校に行きたくない、テストなんて……と思っていた事が、一気に取り上げられる日が来るなんて、誰が思うだろうか。



 細くなってしまった手首には、もう腕時計の跡もなくなった。この部屋には時間通りに来る人と、泣きにくる親だけが訪れる。



 身体の調子を表す数値も、毎度の涙の謝罪も、もう何も意味はない。



 ただ、どこからか聞こえる小さな電子音と、砂時計のように時を滴るパックの意味もどこか他人事のようで、自分自身が砂の様で、風に吹かれて飛んで──



見慣れてしまった、やたらと糊の効いた白い毛布のカバーに、小さな水が跡をどんどん増えていく。



 なんでっ!



 答えのない何度も繰り返してきた言葉を飲み込んで、毛布の端を握りしめる。簡単に言葉にできない暴力的な衝動を爪で刻み込む。


 できることなら、あの頃に戻りたい。笑ってはしゃいで、先の事なんか考えるなんてどうでも良くて、夕立ちさえも楽しかった。



 先の事なんか分かっている。




 冬は確実に訪れる。




 窓から見える木々は、空に美しく映え、いたずらな風に吹かれて飛んで行った。



 小さい頃はドングリを拾ったり、銀杏や紅葉を、読みもしないのにしおりにしたり、道に落ちたカラカラの乾燥した葉を踏みつけたりしていた。



 澄み切った空は吸い込まれそうな色をして、あの青を一緒に見た人を思い出した。




 忘れたくても、忘れられない人。




 何度も忘れようとした。こんなところから思っていても、相手の重荷にしかならない。だから何度も何度も、心の中のあの人の顔を黒く塗りつぶしてきたのに。




 会いたいと願う。 


 もう一度だけ会いたいと思う。




 冬が来る前に


──もう一度。

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冬が来る前に 夏乃あめ @nathuno-ame

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