第2話

おれ、松平零まつだいられいは、いわゆる異世界転生者ってやつらしい。

この世界に生まれてから5年。つまり5歳で前世と、転生したときのことを思い出し、転生者であることを自覚した。


それから2年過ごして気づいた。この世界は退屈で、せっかくのチート特典も使いどころがない。前世の記憶が薄れるのも怖いし、暇つぶしがてら、同居人の目を盗んで、自分のことを書こうと思う。



おれが死んだのは18歳の誕生日で、はじめて合法的にエロ本を買った帰りだった。

エロ漫画の入った紙袋にワクワクしすぎて、赤信号を渡っていた。

まずいな、と思った瞬間に、おれは天国にいた。


天国、といってもたぶん天国という感じで、淡い光と雲に囲まれた、いかにも天上界ってとこで、女神さまっぽい感じの人に喋りかけられたってだけ。

まあなんでもいい。女神さまはおれにお悔やみ申し上げ、女クジを引いて、次に産まれるところを選んだ。


別に運命の手違いとか、死ぬはずじゃなかったとかではなく、ただ転生するらしかった。でも、なんでかおれにはチート能力をくれるということだった。


おれはラノベ作家を目指して日々なろうに連載中だったから、こういう展開には興奮した。


「どんな能力でもいいの?」


と聞くと、女神さまはうなずいたので、おれは即答した。


「望んだ能力を手に入れられる能力」


これだ。

寝る前に妄想し、おれの小説でも活躍した、最高のチート能力。「願いを無限にしてくれ」式の抜け穴。ほら、リゼロのラインハルトみたいなもんで、シンプルに馬鹿げた能力と対応力のある柔軟な能力、両方あって最強なのだ。


そんで、気づいたらこの世界で5歳だった。


おれは前世と同じレイって名前で、キイトって子の家で育てられていた。


これがまた最高で、キイトは普通の異世界転生にありがちなモブお母さんではなく、めっちゃカワイイのだ。

身長は140cmくらいかな? とにかく小柄で、目はくりっくりで緑色。ふわふわの銀髪が腰のあたりまで伸びてる。田舎のお嬢さまって感じのかっちりした、装飾の少ない動きやすそうなワンピースを何着か着回してて、だいたい裸足。

実際中世ヨーロッパ風の世界だったら衛生観念やばそうだなー、とか思わないでもなかったけど、ぜんぜん小綺麗。肌も透き通るみたいに白い。前世でもこんな子は見たことなかった。


もう一人、アネゴ肌のカイコって人も住んでる。


この人もやっぱり綺麗だけど、キイトとは好対照。

まず、めっちゃデカイ。胸もデカイし、背も高い。2mちょいあるんじゃないかな。よくタバコを吸いながら扉の枠に頭をぶつけてる。


赤髪短髪、鼻のあたりにそばかすがあり、目は青い。体つきもがっしりしてて、なんかエンジニアっぽいことをしてるらしい。

ほとんど下着みたいなパジャマか、タンクトップとジーンズしか身につけているところを見たことがない。この世界にもタンクトップとかジーンズとかあるんだ、と後々思った。

なんで後々か、というと、エロすぎてそれどころじゃなかったから。


キイトは綺麗すぎて、整いすぎて、そんな劣情を抱くことはほとんどない。おれはロリコンじゃないし。けど、カイコはヤバい。


うーん、バランスのとれたキャラデザだ。

生糸キイトカイコって名前も、なんか意図を感じる。わかんないけど。

それと、一度も姿を見たことがないが、もう1人住人がいるらしい。これがヒロイン候補か? などと思っていたが、2年経っても顔を見ないから、だんだんと興味を失いつつある。名前はアサだ、とキイトは教えてくれた。逆にいうと、それ以外のことはなんにも教えてくれない、ということなんだけど。


おれはというと、前世ではありえないほど美形な気がする。肌もキイトたちに負けないくらいキレイだし、まだ成長しきってないからわからないけど、ハンサムの雰囲気がすでにただよっている。


そんで、2人ともめっちゃ優しい。

家族みたいなもんなんだから当然といえば当然なんだけど、距離は近いし、いっしょに遊んでくれるし、まだ微妙に回らない舌でつたなく喋っても、うんうん言いながらちゃんと聞いてくれる。


おれがチート能力持ちであることを思い出して以来、最初に取得したのは「翻訳」スキルで、2人が喋ってる言葉も、文字も、ぜんぶ日本語(若干違和感のある)に聞こえるし、見える。元の言語はわからなくなっている。


そっから調子にのって色んなスキルを取りまくってるけど、今んところ役に立ってるのは、たまにキイトの家事を手伝うときに使う「家事万能」スキルくらい。それも別に特別なものではなくって、前世からの知識とキイトのやってることを見てたら自然とできるようなことで、とてもチート能力とは言えない。


キイトは家のことをぜんぶやってる。掃除、洗濯、炊事、などなど……。小さな家とはいえ、やることはたくさんあるようだ。

しかし、まあノンビリした生活のようで、そんなにセカセカとしてはいない。スツールに座ってぼーっと本を読んでたり、おれと一緒に散歩に行ったりすることも多い。


モウパッサンなる人の小説が好きらしく、キイトの部屋には全集が揃えられている。よくおれにも読み聞かせてくれるが、うん、よくできた短編が多い。

異世界には異世界で、作家がいるようだ。


どちらかというと、カイコのほうが本は読むようだ。意外なことに。キイトと一緒になって小説を読むこともあるが、たいていは難解な専門書を読んでいる。

「翻訳」スキルがあっても、知識がなければ分からんことは分からん。「全知全能」的なスキルを取ろうとも考えたが、なんか頭がパンクして死ぬ、みたいな末路も見えるのでやめておいた。


おれ、せっかく転生したのに、ずっと普通の人だ。


カイコは外に仕事があるらしく、よく家を空けている。

そんで、おおよそ酔っ払い、酒瓶を持って帰ってくる。ほとんどがワインっぽい。

で、おれとキイトに絡み酒をやらかす。


ムホホって感じだ。

カイコの手はおれの頭くらいある。そんだけ体格差があると、自然とスキンシップも激しくなるわけだ。おれのヘキに新たな1ページが加わった。


キイトはツマミをつくったり、ときどきは一杯だけつきあったりする。

嫌いじゃないらしいが、かなり弱い。一杯で顔が真っ赤になる。

成人してるの? とか思わないでもないが、異世界だから。

上気したキイトは、かなりカワイイ。それはカイコとも意見が一致するところで、よくアルハラしている。

百合の波動を探知したおれは、一歩身を引くわけだ。


さて、この世界で一番驚いたのは、「マナ」なる万能謎物質の存在だ。マナといえば、相場は精霊的なのとか、MP的なのとか、そういうのだろう。

この世界におけるマナは、蛇口から出てくる、白濁液だ。

さらさらしていて、性質はほとんど水。


みんな朝、ミルクがわりに飲む。

その効能か分からんが、こっちの世界に来てから、病気もケガもない。他の2人も。


というのも、このマナをかければ、壊れたものも復元されるからだ。

たとえば、皿が割れたとする。欠片を集めて、マナをさっと振れば、あら不思議。みるみる元の形に戻るのだ。


細かいことはわからないが、とにかく便利なようで、掃除とか洗濯のときも水に垂らして使っている。

カーペットや壁紙はいつも新品同然だし、服も擦りきれるということがない。


不気味だが、そういうもんかと割り切っている。なにしろここは異世界なのだ。



……

さて、家の外の話もしよう。


今日もキイトと散歩に行ってきた。

アニメでよくみる、ヨーロッパ風のファンタジー世界だ。


石畳にレンガ造りの建物。実際に自分の足で歩くと、これが楽しくってたまらなかった。海外旅行に来ているようなもんで、しかもマナのおかげで清潔なのだ。

馬車が通るところは、やっぱり臭い。馬糞はどうしようもない。


まあ、いくらスゴイ景色だからといっても、日々おんなじようなルートを散歩していると飽きるもんで、最近は興奮も薄れてきた。


なにか新しい遊びを思いつかないと、退屈すぎて死にそうだ。



だんだん書くこともなくなってきた。



今日は衝撃的なことが判明した。


経緯を説明すると、今朝、マナの蛇口が壊れて、洗面台からあふれていた。どうやら簡単な故障だったらしく、カイコがさっさと直してしまった。


いや、実は壊したのはおれで、ちょっと退屈しのぎに配管を触ってたら壊しちまったというわけなんだが。


直ってよかったよ、とおれは言った。なにしろ床がびちょびちょになりそうだったわけだから。


「レイが生まれたときは、どうやっても直らなくって困ったもんだよ」


カイコが言った。おれには意味がわからなかった。そういえば、おれが誰から産まれたのか、ということはまったく気にしていなかった。


「レイはそこの洗面台からマナと一緒に出てきたんだよ」


と、キイトは言う。


おれって洗面台とマナの子どもだったの?!

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