第4話 スパゲッティの写真:上
昼食を食べにカフェに寄る。
トマトソースの香りが鼻をくすぐる。
「うまそうだな……」
運ばれてきたスパゲッティを前に、俺はカメラを構えた。
写真部の癖で、つい食べる前に撮ってしまう。
真っ赤なソース、ゴロゴロ入っているお肉、つややかなパスタの線。
液晶には、鮮烈な赤とチーズの白とのコントラスト。
我ながらいい出来だと思った。
「……まあ、誰に見せるわけでもないけどな」
そう呟いて、パスタをすする。
◇◇
──同時刻、異世界。
そこは〈アビスの教団〉が支配する不毛の地。
人々は古より伝わる“邪神”を崇めていた。
だが、誰もその神の姿を知らない。
教典には「無数の腕を持ち、生命を統べる」とだけ記されているが、
誰が絵を描こうとしても、邪神を語るには烏滸がましく思えるような、依然として姿形を描ける使徒は居なかった。
「我らの神は、いったいどんな御姿をなされるのか……」
祭司たちは頭を抱えていた。
神なき信仰は、人々の不安を呼ぶ。
礼拝者の数は減り、崇拝は停滞しつつあった。
そんなある夜、一人の若い信徒が廃墟の街角で“紙のようなもの”を拾う。
見たこともない、滑らかな板。
その上に――赤い液体をまとい、
無数の触手を蠢かせるおぞましい存在が写っていた。
「……こ、これは……!」
使徒は震えながら叫んだ。
「邪神様の御姿に違いない!」
◇◇
後日、教団の本殿では、長老たちがその“御姿”を前に跪いていた。
「真紅の血を纏い、光り輝く肉の糸……これぞ我らが闇の主」
「この写しは天啓である!」
こうして、新たな神の像が決まった。
“千の触手を持ち、紅蓮の血を湛える存在”
彫像職人たちはトマトソースの光沢を再現するため、
鉱石の粉を練り、螺旋状の“触手”を無数に彫り上げた。
寺院の壁には赤い布が掛けられた。
信徒たちは赤き紅蓮の血が滾る像の前で祈りを捧げ、
赤いローブを身に纏いながら祝宴を挙げた。
かつて停滞していた教団は一気に信者を増やした。
彼らは知らない。
“御姿”と崇めるそれが、
ただの昼食だったことを。
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