第5話 文化祭の写真:下

 秋の文化祭。

 校庭の空気は甘く、焼きそばやチョコバナナなどの香りが混ざっていた。

 写真部の出し物は「日常写真展」。

 俺は展示の合間に、クラスの屋台を撮っていた。


 男子が焼きそばをひっくり返し、女子が「いらっしゃいませー!」と叫ぶ。

 汗と笑顔のごちゃ混ぜの風景。


 「うまそうだな……」

 シャッターを切るたび、ソースの香りが記憶に焼きついた。

 その瞬間を切り取った一枚――

 それが、またあの異世界へ届くことになる。



 ◇◇



 ──異世界。〈スパゲティウス教団〉


 赤いスパゲッティの像が神として崇められてから、五十年。


 教団は当初の衰退していた姿とは違い、今や国に匹敵する程になっていた。

 だが、神に捧げるために料理を作っても、食べることは禁忌なので誰も口にしない。

 食卓は、いつも冷めていた。


 そんなある日。

 村の祭司のもとに、一枚の“紙”が空から舞い降りた。

 そこには、奇妙な光景が映っていた。


 色とりどりの屋根の下、人々が食べ物を焼き、笑い合い、食べている。

 麦を捏ね伸ばしたようなものを鉄板で焼き、黒い邪神の名に相応しい液体をかけ、煙が上がっている──


「こ、これは……スパゲトゥス神の祭礼か!?」

 祭司は震える声で叫んだ。

 「見よ、彼らは神の糧を焼き、歓喜しておられる! 神は“食を共にせよ”とお告げになったのだ!」



 ◇◇



 翌週、教団では初めての“豊穣の儀”が開かれた。

 民たちは神像の前に鉄板を置き、油をひき、

 赤い果実や麦を伸ばしたものを炒めながら祈りを捧げた。


「スパゲティウス様、我らの食を祝福したまえ!」


 やがて一人の少年が、我慢できずに言った。

「お腹すいた……」


 祭司は迷ったが、空の写真を見上げて言った。

 「神は笑っておられる。食べよ、それが信仰だ」


 少年が一口食べた。

 その香りと温かさに、涙が溢れた。


 ――うまい。

 ただ、それだけだった。

 だが、その1口によって五十年の禁忌は無くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転写録 寝子寝子ワンターン @JNFBDEJN

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ