悪夢
ルーエン村の村長の息子ウィル・ハートンには、エミリア・フェンウィックという恋人がいる。花屋で働く彼女そのものが花のように可憐で美しく、ウィルは一目で恋に落ちた。
交際は順調そのもので結婚も決まった。しかし、彼女を手に入れた時から、ウィルは物足りなさを感じるようになっていた。
エミリアは優しく穏やかで気がきく。そんな細やかさに煩わしさすら感じた。
刺激を求めたウィルは、こともあろうか彼女の妹であるカミラに手を出してしまった。
カミラはエミリアに瓜二つの美しく明るい娘だが、わがままな一面もある。それがウィルには新鮮で楽しかった。
カミラもまた、良い子で優秀な姉のことが面白くなくて、姉の婚約者を奪えば悔しがるのでは?と考えるようになる。
最初は互いに遊びのつもりだったが、気づけばエミリアを邪魔者と思うようになっていた。
しかし、エミリアとの結婚の予定は既に決まっている。婚約破棄をすれば悪者になるのはウィルとカミラだ。
そこで考えたのが、エルノールの森へエミリアを置き去りにすることだった。
結婚準備のためノクテラへ出かけた帰りに、エミリアに怪我を負わせて放置する。その後二人は暗くなってからルーエン村へ帰る。
「道中で何者かに襲われ、エミリアがいなくなった」
そう説明すれば、きっと村の誰もがエミリアは噂の悪魔に連れて行かれたのだと思うに違いない。
計画は上手くいき、エミリアがルーエン村に帰ってくることはなかった。どれだけ捜索しても、エミリアのいた痕跡は何も見つからなかった。
(本当に悪魔に連れて行かれたんだ)
ウィルもカミラも多少の罪悪感はあったものの、二人が結ばれるための試練だと考えた。
その後しばらくして二人は正式に交際を始める。
表向きにはウィルは婚約者を、カミラは姉を失い、悲しむ二人は互いを慰め合ううちに惹かれ合うようになった、ということになっている。
しかし村人の中には、以前から二人の関係性を疑う者がいた。
「本当は彼らがエミリアを殺したんじゃないか?」
「わざと森へ放置したのかもしれない」
そんな噂が立ち始める。
噂を嫌ったウィルの父はカミラとの交際を猛反対するようになった。カミラの両親は彼女を信じたい一方で、エミリアの失踪の真実が知りたくてカミラに本当のことを話すよう要求した。
そんな状況に耐えられなくなったウィルとカミラは、駆け落ちして遥か遠い街へと向かった。故郷から遠ざかる二人の背を、エルノールの森の冷たい風が追っていた。
彼らを知る人間は誰もいない新天地で、夫婦として幸せな生活を送り始める。
しかしその頃から、二人とも毎晩のように恐ろしい悪夢にうなされるようになった。
泣いているエミリアの後ろ姿。
二人の気配に気づき振り向いたエミリアは、この世のものとは思えない化け物に姿を変える。その顔は、最後に見たエミリアの絶望の表情を幾重にも歪ませたようだった。
悪夢を毎晩見ているせいでまともに眠ることもできず、二人は心身に異常をきたすようになった。
いつどんな時も、エミリアが二人を責め立てるような声が聞こえる。振り向くと表情のないエミリアがこちらを監視している。
「どうして私を置いていくの?」
「どうして私を裏切ったの?」
「あなたたちが幸せになるなんて許さない」
そんなエミリアの言葉が頭の中にこだまする。
そんな妄想に取り憑かれた二人は、ついに一生を精神病院で過ごすこととなった。
◇◇◇
「……ずいぶんと機嫌が良さそうですね」
マリアがお茶を淹れながらセドリックに尋ねる。
「わかるかい?さすがマリアだ」
セドリックは窓の外を眺めながら微笑む。外では相変わらずエミリアが脱走を試みている様子だった。
「マリア、料理長に今夜はお祝いの料理を作るように伝えておいてくれ」
そう言うとマリアの目の前からセドリックが消えた。マリアが窓の外をチラリと見ると、エミリアがセドリックに捕まっている様子だった。
マリアは新しいカップを用意して、セドリックがエミリアを連れ帰ってくるのを待った。
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