第8話 魔族軍の二正面作戦
「何か怪しい物体が落ちて来たのは、この辺りだ!
探せ!人間の探査道具や密偵かもしれんぞっ!」
ライアンは、着地と同時に気配を殺して、この場所から逃げ出していた。
全身の痛みなど気にしている状況ではない!危険を回避する為、体の痛みを忘れ ライアンの両足は全速力で移動する。
ライアン自身は、火事場の馬鹿力は凄ぇ!と思いながら、自分の逃げ足に驚いていたが……
瞬く間に偵察に来た魔族軍との距離を広げると、早速気配察知で相手の動向を慎重に窺う。
「……よしっ!こっちの気配は悟られていないようだな……
ふぅ、戦闘にならなくて本当に良かった。アイテムボックスが使えても、あんな人数を一度に相手は出来ないぞ。」
それはそうと、人間や魔族をアイテムボックスに収納しても良いものか?は、検討の余地がある。
何せ、一度アイテムボックスに収納してしまうと、取り出す事が出来ないからなぁ……
「お主は戦う事を前提に、この森へ来たのだろう?
なぜ戦おうとしない。それとも、人間と魔族が不可侵条約でも結びに来たのか?」
サタナキアは、意地悪だ。俺が一人で軍隊と戦えない事を知った上で精神攻撃を仕掛けて来る。
とは言うものの、確かに魔族軍の進軍を帝国に伝えないと、大惨事を招く事は間違いない。
「よしっ!魔族軍の偵察は必要だな。無事に帝国まで帰還する事と、魔族軍の情報を帝国軍上層部へ伝える事。
これが、俺が生き残った本当の理由だと思われる!」
「お主が勝手に、私にくっついて来ただけのこと。
お主の邪魔が無ければ、私の計画を継続できたものを……」
ヤバい!サタナキアの機嫌が悪くなったぞ!
サタナキアの機嫌が悪いと、いつも俺が酷い目に遭う結果となるからなぁ。
ここは一つ、サタナキアに機嫌を直してもらう事にしよう。
「気配察知のコツは掴んだし、気配隠密も使えるようになったんだろ?
早速、試してみようと思うんだけれど……」
サタナキアは、魔族軍の所まで移動して来れば気配隠密が使えるようにしてくれる!と約束した。
サタナキアは、約束は守る奴だ。たぶん サタナキアは悪魔だし、悪魔にとって契約は絶対的なもののはず……
「お主にしては急にやる気が出て来たな。
気配隠密は、100メートル程の空間内で相手に認識阻害を生じさせる能力を与えておいた。
通常使用であれば、十分だと思うぞ。」
実のところ 100メートルではなく、数キロ先まで認識阻害の範囲は及んでいるが、その事は ライアンに教える気はなさそうであった。
「気配隠密は、どうやって使用するんだ?教えてくれっ!」
ライアンは、妙に生き生きとしている。生存確率が上がる事が、そんなにも嬉しいのだろうか?
サタナキアは約束は約束なので、ライアンに使用方法を教える。
「先程お主がやっていた、気配を殺す行為をやれば、自動的に発動する。
つまり、気配を殺す行為 = 気配隠密の発動という訳だ。」
なるほど!それなら俺にも出来そうな気がしてきたぞ。
気配を殺しながら気配察知を行えば、敵に見付かる事無く俺も隠密行動が可能となった訳だな。
よしっ!今俺がやるべき行動は 1つ!
敵部隊の中から、あの場所を探し出す事だ!
俺にとって、初の隠密行動……
本当に気配隠密が機能しているのか?ちょっとドキドキしてきた……
何せ俺一人だからなぁ。敵に見つかる = 俺の死!が確定する。
最初はドキドキしながら慎重に行動していたが、相手とぶつかったりしないかぎり、相手には俺の姿が見えていない感じだ……
凄ぇ!俺って今、魔族軍の中を堂々と歩いているんだなぁ。強そうな魔族が大勢居て、マジ怖~ぇ!
早く、例の物がある場所を探し出さないと……
ライアンは馬車を見付けると、1つ 1つ馬車の中を丁寧に確認して回る。
魔族軍の凄そうな武器や魔道具等があれば、次々とアイテムボックスに収納していく……
さながら、宝を盗み出す泥棒!といったところか。
(少し前に、アイテムボックス使用の許可を サタナキアから貰った。サタナキアの機嫌が少し回復したようだ)
「う~むっ、このような武器を所持しているとはけしからん!
人間相手に使用されたら、とんでもない事になるぞ。没収だ!没収!」
ライアンは目で、「ウケッケッケッケッ」と笑っていた。
今はアイテムボックスから取り出す事は出来ないが、いずれは俺の物に……とでも考えているのだろう。
サタナキアは悩んでいた。もう少し ライアンを正常な大人として教育した方が良いのではないかと……
ライアンの物色が続く中で、遂にお目当ての物にたどり着いた!
そう、「食料」である!
「おぉっ!これで食料の心配をせずにすむ!
魔族め、これほどの食料を準備できるとは、侮れないな……酒もあるんじゃないのか!?」
食料をアイテムボックスに収納できないのが悔やまれる。
この食料を安全な場所まで持ち去った後は、一人パーティーである!
とりあえず、数日分の食料があれば良い。ライアンは近くにあった革袋に入るだけの食料を詰め込んでいく。
「お主、何をやっている?一人の軍人として他に為すべき事があるのではないか?
気配隠密の能力で、このような使い方をするとは……」
「否、否、サタナキアさん。それは違いますよ。
誰も気付かないのであれば、勝手に店の商品を盗み出したり、女風呂を堂々と中から覗き見するのが普通でしょう!
その為の、気配隠密ではありませんか。」
「ぐっぐっぐ、お主という男は……そのような事の為に与えた能力ではないぞ!
お主に覇気という物は無いのか!? 考えを改める気はあるのか?」
「はぁ、多くの人類が夢見る能力ですよ。それを自分の為に有効活用しない手はないでしょう。」
ライアンは悪びれる事もなく サタナキアに言い放った。
「もう良い!気配隠密と気配察知の能力を一時的に無効化する。
あとはお主の力のみで生還する事だ。それではな。」
「ちょ、ちょっと サタナキアさん!待ってください!
今、能力を解除されたら……」
ライアンの手には、数日分の食料がある。「食料」と 「自分の命」……
2つを守りながら逃げ切る事が出来るのかっ!?
馬車の近くにいた魔族達が、異変に気付き馬車の方へと駆け付けて来る。
ライアンの心臓は、今にも口から飛び出しそうな勢いで鼓動を強めた。
「ど、どうしよう!? どうすれば良いっ!?
見付かったら、殺される!絶対に殺されるっ!」
敵から包囲される前に逃げ出すしかない!今の俺の逃げ足なら必ず逃げ切れる!
逃げ切れるはずだ……
俺は馬車の荷台から脱兎の如く森の中へ、一目散に逃げ出した。
最短距離で!しかも敵の連携が整う前にっ!
常人離れした速度で逃げ出したが、流石は魔物の精鋭部隊。追跡するスピードも並外れている。
「ヘルザール将軍、御報告致します。
人間が一名、我々の部隊に侵入致しました。
シャリオが追跡しましたが、取り逃がしたとの事です。」
「人間が、この場所にか? 何の目的で此処までやって来たのだ。
我々と遭遇したのは偶然か? それとも……
シャリオが取り逃がしたのであれば、他の誰にも追跡は不可能だろう。
人間側にも、優秀な人材がいるらしいな。」
一時移動する速度を緩めて、警戒態勢のまま進軍を続ける。
現時点において人間側の索敵網に発見されたのは意外であったが、大いに魔族軍の情報を調べて人間側の首脳部へ持ち帰ってもらう事も、今回の作戦計画に含まれている。
いずれ エルディア帝国は、魔族の二正面作戦に気付くはずである。
ヘルザール将軍が指揮する部隊に主力をぶつけるか?
或いは、もう一方の方へ主力を差し向けるか?
エルディア帝国は、どちらの部隊も撃滅するか、または撤退させなければ国土を魔族に蹂躙される可能性が高い。
ヘルザール将軍の部隊だけだと思い兵力を集中させれば、もう一方が手薄になる。
ヘルザール将軍の指揮する部隊の総動員数は、1万3千程度。その数を知って エルディア帝国の全兵力 4万を差し向ければ エルディア帝国の勝利は無くなるだろう。
それに今回は、エルディア帝国内で継続的に仕掛けてきた計画もある。
エルディア帝国の目を ヘルザール将軍の指揮する部隊に向けさせる事も、悪い話ではない。
その為、ライアンを執拗に追跡する事はしなかった。
その後、ヘルザール将軍の指揮する部隊が エルディア帝国に到達するまでの間、ライアンは気配隠密を使って魔族軍から食料を何度も盗み出していたが……
エコノミエンス @Gee-kun-soft
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