第7話 レベルアップ、そして……

魔族軍が古の悪魔が封印されし森を通過する時の話である。


ライアンは強くなった……はずである……が……

強敵をアイテムボックスに収納するというイカサマめいた技を習得したが、その後 ライアンはそのイカサマを使用していない。

アイテムボックスに収納すると、食料として食べられない事も大きいが、何より怖い体験が一番嫌らしい。


「お主は、もう少し強くなろうという意志はないのか?」

サタナキアは、呆れた感情を隠そうともせず ライアンに問いただす。


アイテムボックスに大岩や滝の水などを収納するものの、猛獣や魔獣の類とは戦わない。

サタナキアに体重を 10倍ほど重くされて水底に沈められたり、空高く舞い上げられてから急降下(上空から落とされた)させられたりと、死ぬような思いを何度も味わされた。


「まだ生きているだけで、十分強くなっていますよねっ!?

 水底に沈められて流れを感じろだの、空の上で流れを感じろだの、いったい何なんですか!?

 イジメですか?イジメですよねっ!?」


「お主が欲しがっていた気配察知と気配隠密、伝授してほしいのではなかったのか?」

ライアンは即座に土下座した。


意識に語りかける サタナキアに対し、別に土下座する必要は無いのかもしれないが、土下座は ライアンの意志を サタナキアへ伝えるのに役立ったようだ。


「気配察知と気配隠密が使える様になれば、敵と戦わずにすむと言う訳か……

 お主の臆病は、極めていけば役立つ時が来るかもしれないな。

 エネルギーの流れを感じる事もそうだが、お主は質量があるモノを感知できるか?」


「水や無機物、生物といった物体の事で良いのかな?

 それなら、目で見る事は出来ますよ。」


「質量は、エネルギーの 一形態でしかない。

 ……まぁ、良い。殺気や視線を感じ取り、自分は殺気や視線を発しないようにする。

 そんな簡単なものから始めると良かろう。」


簡単じゃねぇよっ!

殺気も無く攻撃するとか、既に達人の域だぞ……


ライアンは、サタナキアの言葉にどんな意味があるのかは理解できなかったが、サタナキアが押し付けて来る無理難題を、日々なんとかしながら生き抜いている状況であった。

実は、この時既に身体強化を含め、ライアンの戦闘能力は魔王に次ぐほど強くなっていた。

気付いていないのは、ライアン自身のみである。


ライアンが眠っている間は、サタナキアが ライアンに代わってエネルギーの流れや調整を行っており、サタナキアが ライアンの身体を操っている時は最強の魔王に次ぐ程の強さを秘めている。

しかし、いくら強さを秘めていたとしても、その強さを引き出さなくては無いに等しい。

最強の魔王に次ぐ力を秘めていたとしても、それは数分間だけの事ではあるが……


ライアンが サタナキアの訓練を実行していると、森の中の様子がいつもと違う事に気が付いた。

鳥や小動物達の様子がいつもと異なるのだ。いつもは、どうやって食料にしようか?と捕獲を試みるが、なかなか成功しない。

ところが今日は何かから逃げるようにして、西や南北へ逃げて行く……

つまり、東に何かがいるのだ。


「何か嫌な予感がする。サタナキア、俺達も逃げよう。」


「東にお主の獲物を用意した。今迄の成果を存分に発揮すると良かろう。」


否、否、この人は、何を言っているのだろうか?

いつも唐突だけれど、森の様子が一変するような獲物って何?

ドラゴンとでも戦え!って、言うつもりじゃないですよね?


「アイテムボックスに収納するには、20メートル以内に接近しないと使用出来ない。

 強い化け物は、魔法や遠距離攻撃を持つモノも多い。当然、戦ったら死ぬでしょ!」


「あぁ、1つ言い忘れていたが……暫く間、アイテムボックスの使用は禁止したので、使用出来ないぞ。

 アイテムボックスにも、メンテナンスが必要でな。」


嘘だっ! 嘘を仰っているっ!

今度こそ、俺は殺されるのかもしれない……


サタナキアは、一度言い出したら聞く耳を持たない。

少なくとも俺は、これから生き残れる最善の選択肢を選び、生き残る為の行動を実行しなければならないのだ。


遠く東の遠方から、巨大で不穏な気配を感じる……

俺の視線の先には、いったい何があるのだろうか?


俺に逃げるという選択肢は存在しない。

ならば、少しでも多くの敵情報を入手して、生き残れる可能性を高めなければ……


この時、ライアンは知らなかった。能力が高まればアイテムボックスの使用できる範囲は広がる!っという事実を……

あえて サタナキアは、この事実を ライアンに伏せている。

また、ライアンに今アイテムボックスを使用させない事にも意味があった。


ライアンは必至に、気配察知と気配隠密の能力を自己流で獲得を目指した。

サタナキアは当てにできない。サタナキアの助言は高度過ぎて、実現不可能に思えるからだ。


人間、何事も死ぬ気で行えば、自分の力を解放する事ができるものだ。

夜な夜な サタナキアによって日々鍛錬されていた ライアンの肉体である。

秘めた力に上手く感覚が繋がれば、五感の感度や認知力が目覚ましく向上する。


今、ライアンの五感は研ぎ澄まされた日本刀の様に、光でも切り裂くかのような精度で広範囲の気配を探る事ができたのである!


集中だっ!もっと神経を集中させるんだっ!

その瞬間、何かが体内で開花したかのような感覚が全身を駆け巡った。


「分かる!分かるぞっ!

 今迄分からなかった動物達の気配や動きが、感覚として認識できる!」


これは便利だ。木の陰に隠れている小動物の気配も察知できるぞ!

小さな虫とかは難しいが、特定のターゲットに絞り込めば虫の気配察知も出来そうな気がする。

後は、殺気や殺意を感じ取れれば、戦闘で有利に戦えるのではないだろうか。


殺気や悪意等を常時気配察知できれば、俺も遂に達人の域に達するんじゃ……

感覚を忘れない内に、何度も繰り返し反復練習あるのみっ!


「よ~しっ!生き残れる希望の光が見えて来たぜっ!

 この調子で、気配隠密も習得してやる!」


「こちらからも東へ移動すれば、明日には戦闘が可能だろう。

 お主の生還を祈っておる。」


例え俺が死んでも、サタナキアも俺と一緒に死ぬとは、一度も聞いた事が無い。

つまり俺が死んでも、サタナキアは死なないと思われる……

不公平だっ!と文句の一つでも言いたいが、そんな事を言えば、俺の足枷を増やされる危険性が高い。

ここは 「グッ」と我慢、大人の対抗が必要だろう。


まずは……気分を落ち着かせる為に、別の事を考えよう。

自分の気配を殺す。隠す方法として周囲と一体化するや、相手の認知を阻害する方法等が考えられるが……

相手の認知を阻害する方が使い勝手が良い気もするけれど、参考として幻影魔法とかのやり方等が分かればなぁ。


「スピリチュアルや魂に関する事なら、悪魔の得意とする分野だ。

 精神攻撃によって、気配隠密と同じ効果が生じるようにしてやろうか?」


「……悪魔との取引ですよねぇ……それって、絶対高くつく奴でしょ!

 俺の魂をよこせ!と言われても困るしなぁ……」


「今回は特別に御安くしてやるぞ。今からお主を東へ向けて飛ばす。

 何度か繰り返せば、数時間で目的の場所まで行けるだろう。」


「嫌~っ!そんなの聞いてないよ~っ!

 サタナキアの悪魔!人殺し~っ!」


ライアンの体は、凄い勢いで東に飛ばされる。

また、あの恐怖が蘇るが、これで空高く飛ばされた経験数は、二桁目に突入した。

着地点に木々が御生い茂っているおかげで、何とか着地を成功させる事ができた。


サタナキアの力で空高く舞い上げられているとはいえ、着地点さえ助かるような地形であれば何とかなると思えるくらいの余裕は出始めている。

身体強化で筋力だけでなく身体の表面強度も強化され、サタナキアが ライアンの体を操ればドラゴンの鱗も素手で貫く事が可能となっていた。


「東に、どんな敵がいるんだ?

 まぁ、サタナキアの事だ。悪い意味で、俺の想像を上回るんだろうけれどな……」


空中に放り出されながら、俺は サタナキアに悪態をつくのがやっとだった。

今回は湖に落とされ、はたまた岩場にも落とされた……

全身傷だらけに成りながら、俺は数度目の空の旅へと旅立った時、東に何か黒い帯がある事に気が付く。


「あ、あれは……もしかして敵の進軍なのか!?

 俺達 3千人の比じゃない!何て数だっ!」


「お主の国へ向けて、軍を進めている様だな。

 お主も軍人なら、あれと戦って進軍を止めてみせよ。」


「無理っ!無理っ!無理っ!無理っ!無理っ!無理っ!無理っ!

 無理っ!無理っ!無理っ!無理っ!絶対に無理だからっ!」


真顔で拒絶する ライアンを見て、サタナキアは魔族軍の前衛中央ではなく、少し離れた魔族軍の側面に ライアンを落下させる。

悲鳴を上げながら落下する ライアンは、魔族軍に見付からない事を神様に祈った。

果たして ライアンは、無事に生還できるのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る