第2話 ルナ王女と暗殺者 ペトラ

ドルミナ王国。


魔族領と国境を接する事が無く、国土も肥えて食料自給率は 100%を超える。

人口も多いが産業は発展しておらず、農業国といった感じだ。

地下資源として炭鉱が栄えていたが、その結果として鉱害も多く発生していた。


先代までの国王は真面目で、ドルミナ王国をそれぞれ発展させていたが、現在の国王と王妃は国の財産を浪費し、色々なモノを腐敗させていた。

先代が有能で素晴らしいが故に、2代目が国や家を潰してしまう典型的な事例だと言える。


現在、ドルミナ王国には 3人の王女達がいるが、第一王女の ルナは両親に疎まれていた。

何故なら ルナは国を立て直し国力を高め、更には産業を発展させる事と、国民に寄り添った政治を目指していたからである。そして現在、ドルミナ王国にも人口爆発の傾向が見られる……


ルナの理念や行動は国王と王妃の立場からして見れば、自分達を全否定していると感じるからである。

国家や国民の為に浪費はするな。何事も適切な取捨選択しろ。国家を衰退させず、発展させること。国民の為に国防を疎かにするな。

これら全ては単に事実を指摘しているに過ぎないが、それが事実であるだけに国王と王妃は自分達の小さなプライドを酷く傷付けられたらしい。


「お父様、なぜ産業を育て、経済の発展を行わないのですか!?

 周辺国との経済発展に大きな差が生じてしまえば、国が滅ぶかもしれません。それに国防にも意識を向けてください。」


「バカな事を言うな。農地を潰し、区画整理など必要ない!

 この素晴らしい緑溢れる景観を崩してはならぬ。

 不平不満を言う国民や若者達に洗脳されるな。

 我が国に生きる恩を感じぬ、恩知らずな連中ばかりなのだからな!」


ルナと両親とでは、責任感の大きさに大きな違いがある。

ルナは王族としての責任を果たそうとするが、国王と王妃にその意識は存在しない。

あるのは、自己陶酔と自己満足。それに欲望の権化……


「王の命令に逆らうのであれば、この国を出て行け!

 自分の言っている空想が本当に実現できるかっ!?

 やれるものなら、王女の地位や権力を使わずにやってみせなさい!」


王妃の言葉に優しさや慈愛の心は微塵もない。

家臣や国民の多くは ルナを慕い、尊敬の眼差しを ルナに向けている。

その光景を目の当たりにする度、ルナに対する憎しみが増大するのだ。


ルナを、この国から追放したい。

或いは、ルナを亡き者にしても構わない。

それだけ、ルナは両親から疎まれている。


逆に第二王女の アナスタシアは王や王妃に取り入り、次期女王の座を確固たる物にしていた。

まだ公にはされていないが、周辺の人間達にとって王や王妃の答えは自明の理である。


ドルミナ王国から離れた エルディア帝国から魔族領へ侵攻した 3千人もの部隊が全滅し、誰一人として生還して来なかった話が ドルミナ王国へも齎された。

今は大規模な捜索を行わず、少人数の複数パーティーが魔族領内へ侵入し、調査を実施しているらしい。

魔族や魔獣と遭遇した場合は極力戦闘を避け、隠密による調査が優先される。


魔族領内を少人数で進む事は、命の危険性が高い。

手練れた冒険者や傭兵の任務として実行する事が望ましいが、現実は騙された者や金銭に困っている者達が請け負っている。

その為、時間と犠牲を浪費したにも関わらず、得られた情報は少ない。


現在のところ、ライアン達が全滅した場所まで到達したパーティーは存在しない。

手練れた者達は仕事の危険性が高い事を熟知している為に依頼を受けないし、調査の必要性が高い事が分かっていたとしても、無事に 3千人の部隊が自力で帰還する可能性を信じて待ち続ける事を エルディア帝国は選択した様だ。


何らかの大きな動きがある場合は、前回以上の大群を編成する事が出来た時だろう。

徴兵などを行わない場合は、1年以上の時間を費やすに違いない。


「ルナよ。聞いたか?

 魔族領内へ侵攻した部隊の消息が途絶えたらしい。

 今は消息が途絶えた部隊の捜索を行っているようだが、あまり良い成果が出ていない。中には既に全滅したとの情報もある。

 そこで王女の身分を隠し、3千人の捜索を見事解決してみせよ!」


3千人全てが エルディア帝国の人間と言う訳ではない。

色々な国の人間が参加した多国籍軍である。

当然 ドルミナ王国の人間も参加している。


王は、ルナに自国民達を含め救ってみせよ!と言っている。

ルナに無理難題を言い渡し、受けて出来なければ ルナを失脚させる。

この命令を受けなければ、その時点で ルナを失脚させてしまえば良い。


つまり、ルナに選択肢はない。

この命令を受諾し、尚且つ成功させる必要があるのだ。


ルナは、この命令を受諾する代わりに有能な人材を要求しても良かったが、それは実行しなかった。

なぜならば自分と一緒に同行させ、その人の人生まで巻き込む事は無いと考えたからである。

結果、ルナは一人で エルディア帝国へと向かう事となる。


出発まで数日の猶予を与えられた ルナは、一人で可能な多国籍軍の救済方法を思案した。

多国籍軍が何らかのトラブルに遭遇していた場合、食料と物資が底をつく前に救済しなければならない。

魔族領内での現地調達は現実的でないし、撤退に必要な物資が残っている状態で合流できなければ、救済は不可能となる。


結局、ルナ一人での救済は不可能という当たり前の答えしか出て来ない。

建前上は、ルナが一人で救済の極秘任務を命ぜられた事になるが、実態は体の良い国外追放である。


ルナは現実を受け入れ、一人の人間として何が出来るのか?に思いを馳せた。

今後の ルナは、密偵の様な役回りとなる為、行動も自ずと密偵に近くなる。

エルディア帝国での活動は、冒険者の様な名目で活動する事になるだろう。


仲間や協力者が欲しいところだが相手を巻き込む形になる事を考えると、ルナは協力を求める事が出来ずにいる。

実際、家臣や ルナを慕う国民達に助けを求めたとしても、結果的に誰も助けてはくれないだろう。

誰しも、自分を犠牲にしてまで ルナを助けようとする者はいない。


ただし、ルナを奴隷等として利用したい人間としてならば、ルナを引き取るに違いない。

ルナを安い賃金で働かせたい連中等も同様だろう。


生きるだけなら、選り好みしなければ生きていける。

そんな生き方も悪くはないのかもしれないが、ルナは戦争をなるべく回避できる選択肢を選択できる環境を整えたいと考えていた。

人類、魔族、悪魔の争いを回避できる選択肢を作る事こそが、平和を一日でも長く継続させる事が可能だと思っているからである。


貴族の軍服風に見える衣装に着替えて、ルナが冒険者ギルドの前まで移動してくると、怪しげな男達に若いシスターが絡まれていた。


「可愛い顏しているじゃねぇか。

 民の不満を解消する事も、シスターの仕事じゃねぇのか?」


「神様に祈りを捧げつつ、身体を使った奉仕があるんだってな。」


「何か勘違いしているようね。少し教育してあげる。」


ニヤニヤと笑う男達の表情が恐怖へと変わるのに、数秒で十分だった。

男達が多少油断していたとはいえ、戦闘力における実力の差が歴然となったのである。

シスターの能力なのだろう。細い数本の糸に男達は拘束され身動きが出来なくなっている。


「貴方達も悪魔に憑かれているようね。

 体をバラバラに切断しても良いかしら?」


悪魔祓いの方法として、憑依された体ごと消滅させる事もあるという。

悪魔に体を乗っ取られた人間は危険である。そういった悪魔と戦う為に、特殊な訓練をされたエクソシストがいるらしい。

対悪魔であれば、神の名の下に裁きを下す。その裁きは冷酷とも言われている。


「ま、待ってくれ!

 すまなかった!俺達は悪魔じゃない!

 本当だ。信じてくれっ!」


必至に自分達の無実を主張する男達の肌から、体を拘束する糸に沿って赤い血で染まる。

シスターの細い指が少し動くと、男達を拘束している糸が更に男達の体へと食い込んでいく……

このままでは細い糸によって、男達の体は切断されてしまうだろう。


「殺すのは、待ってあげて!

 貴方達も、シスターに謝罪してください。」


思わず ルナは、目前で行われている光景を止めに入った。

シスターの視線が ルナに向けられると、数秒間の沈黙が生じる。


最初に沈黙を破ったのは シスターだった。

「そう、秘めた力を貴方も持っているのね。

 私は ペトラ。エルディア帝国で活動する為の仲間を探していたの。

 貴方をスカウトするわ。私と一緒に エルディア帝国へ同行しなさい。」


エルディア帝国……

ルナにとっても行く必要のある場所だ。ルナも一緒に行動する仲間は欲しい。

この誘いを受けるべきだろうか?


「まずは、彼等を解放してください。話は、それからです。」


ペトラは 「仕方ないわね」と、小声を漏らすと、男達を拘束してる糸から解放した。

解放されるやいなや、男達は一目散に逃げ出す。


「これで良いのでしょ?私は強い力を持つ人間を探していた。

 人間が食物連鎖の頂点に君臨すべきか否か?貴方は、どう思う?」


ルナに問う質問の内容は、初めて出会った人間に対して行う質問だろうか?

人間と魔族が生存権を争っている。負けた方の未来は、悲惨なものになるだろう。


「お互いに干渉し合わない。或いは、お互いに協力し合える関係を築く事ができれば……」

「人間同士でも上手くできていないのに?」


ペトラの問いは、ルナに自分の無力さを痛感させる。

自分の理想を実現する為に、最低限必要な実力さえ持ち合わせていない。


「貴方の夢に興味が湧いたわ。その夢が実現できるかどうか?

 私が見届けてあげる。」


こうして ルナは、ペトラと一緒に エルディア帝国へと向かう事となった。

一人ではない。強い味方が出来た事は、ルナにとって心強かった。

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