第4話 ノア 14歳

 破れた襖の向こうから、父さんの怒鳴り声が聞こえる。

「乃蒼が人に怪我させて、学校に呼び出されたって!? お前のしつけが悪いんだろう!」

 母さんが金切り声で言い返す。

「なによ、わたしのせいだって言うの! あんただって親でしょう? 子どもの面倒を全部わたしに押しつけないでよ!」

「おれは外で金稼いでるんだ! お前ら、誰の金で飯食ってると思ってる!」

「は? パチンコ行ってるだけじゃない! さっさと仕事見つけてきなさいよ!」

 バンッとなにかを叩く音が聞こえて、そのあとガラスの割れる音がした。


 おれはスマホの画面から目を離し、部屋の隅に視線を移す。小学四年生の妹が、耳をふさいで体を丸め、縮こまっている。

 妹はもうずっと不登校だ。高校中退した兄は家を出ていったきり行方不明。

 この家は普通じゃない。それに気づいたのは、いつだっただろう。

 またなにかが割れる音が聞こえた。ふたりが怒鳴り合い、妹が泣き出す。

 イライラする。どうにもならない毎日に。なにもできない自分に。

 イライラして、体の奥が熱くなって、それを抑えきれなくなる。


「うるせぇんだよ! 黙れ、クソ野郎!」

 気づけば襖を開けて叫んでいた。

 父さんが驚いた顔でおれを見た。母さんは床に倒れて頬を押さえている。きっと父さんに殴られたんだろう。

 すると父さんの表情がみるみる歪んで、怒鳴りながら近づいてきた。

「乃蒼っ! お前いまなんて言った!」

 父さんの拳が振り上がる。

 殴られる。嫌だ、嫌だ。痛いのも、苦しいのも、お腹がすくのも、寂しいのも……全部嫌だ。

 ガシャンと大きな音がした。父さんがよろけて、テーブルにぶつかった音だった。

「乃蒼……てめぇ……」

 父さんが鼻のあたりを押さえながら、こっちを睨む。その指の隙間から、たらりと赤い血が流れるのが見えた。おれは握りしめた自分の右手を見下す。

 ああ、そうか。おれはもう子どもじゃないんだ。

 父さんに殴られて、逃げまわっているだけの小さい子どもじゃないんだ。

「乃蒼……あんた……」

 母さんが床に倒れたまま震えている。父さんはおれを睨んだまま、動こうとしない。

 おれはそばにあった椅子を思いっきり蹴飛ばすと、なにも言わずに家を飛び出した。

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