第3話

 ――これは、大変なことになったわね。

 あまりのことに、フィリアも呆然としている。

 黒魔術師の宣戦布告。

 そもそも、見た感じは人の魔術師に見える。なのに、封印されてしまうということは、よほど肉体が魔力に染まって、魔族に近い体質に変質しているのだろう。そうでもなければ、何百年も封印などされるものではない。普通の人間に封印魔法など掛けても、寝てしまうだけだ。肉体的な老化は遅くなるが、大して効果はない。時を止めるという一点に絞るならば、石化の方がまだ効果があるくらいだ。

 ――逆に言うと「封印しか出来なかった」のかな?

 そんなことをつらつら考えていると、館の使用人らしい人が声を掛けてきた。

「あの、エルフ様? お館様が、ぜひとも直にお話したいと要望しておられます。お越しいただけないでしょうか」



「お館様、エルフ様をお連れしました」

 そう呼びかけて部屋に入ると、ハムス・ヨーデンと、昨日の冒険者ギルドのおじさんと、冒険者らしい剣士が、沈鬱な表情で打ち合わせをしている。

「失礼します。お呼びということで、参りましたが?」

「おお、エルフ殿、先ほどは失礼しました」

 ハムス・ヨーデンが、立ち上がる。

「いえ。私こそ、不躾な発言、申し訳ありませんでした」

 フィリアも素直に頭を下げる。

「では、お互い様としますか。さ、こちらへ」

 そう言って、フィリアを席に招く。

「先ほどのお手並み、みごとだったぞ、お嬢ちゃん。お前さんを推薦してよかった」

 実はギルドマスターだったおじさんが、うんうんとうなづきながら笑いかける。

「いえ、たまたま知っていただけですよ」

「いや、そこが大事だ。最悪、気づかないまま、敵の攻撃を受けていたところだ」

 ヨーデンが溜息をつく。

 みんなで顔をつきあわせているのを見ると、少し違和感がわく。

「そういえば、ちょっと聞いていいですか。あのメッセージは『攻め寄せるがよい』と言っていましたが、あの黒魔術師の本拠地って、わかっているんですか?」

「ああ、実は、この城塞都市の近くにある丘の上の城跡が、奴の本拠地だ」

「あら」

 この城塞都市のすぐそばに、小高い丘がある。その丘に、古王国時代に作られた古い城跡がある。古王国時代に立てられたが、およそ三百年前には放棄されたらしく、その後寄りつく者もなかったものを、二百年前に黒魔術師が住み着いて本拠地としたのだそうだ。

「なんとまあ――」

 交通の要衝だったのは昔からだ。同じ発想で拠点を構えていたという事か。

 探す手間がはぶけた、というより、探す必要がない。あとは乗り込んで討伐すればいい。

「いうのは簡単なんだが、その黒魔術師は非常に強力な奴でな」

「そういえば、先刻のお話にあった、過去の討伐の話ですがーー」

 ヨーデンの言葉に、フィリアがまたまた手を挙げる。なんか突っ込んでばかりで気が引ける。

「ここの城門に描かれた歴史の絵物語には、その討伐が描かれてなかったようなのですが……」

 指摘を受けて、言われたハムス・ヨーデンが苦笑する。

「エルフ殿は鋭いな。その通りじゃ。実はこの討伐は、あの絵物語には描かれておらん」

 ――やっぱり。

「それは、討伐はしたものの、倒せなかったから?」

「その通りじゃ」

 黒魔術師は、あまりにも強力で、冒険者達は野望を阻止したものの、殺すことが出来なかった。だから、封印することしか出来なかった。

「そんな黒魔術師が、今だに近いところに生きたまま封印されている、というのはあまりにも物騒だ。とてもではないが、描くことは出来なんだ」

「まあ……そうですね」

 そんな近くに黒魔術師が「生きて」いるなど、恐怖以外のなにものでもない。

「まあいい。今回はきっちり決着をつけてやるさ」

 戦士がすっくと立ち上がって、剣の柄をガチャリと鳴らす。

 ――威勢がいいのはいいんだけど。

「でも、当時はなぜそんなに苦戦したんですか?」

 フィリアのその一言で、座が凍りつく。

「先ほどの当主様のお話に、『アンデッドの馬車がメッセージボックスを持ってきた』とあったのですが、ひょっとして、その黒魔術師というのは、ネクロマンサーなのでは?」

 当主とともに、ギルドマスターも一緒にうなずく。

「その通りだ」

「……その黒魔術師は、アンデッドやスケルトンを使役して攻撃してきた。たまたまその当時の冒険者達のパーティーには、聖職者がいなかったのだ。聖職者がいて祓わなければ、死霊を滅することが出来ない。いきおい、封印するしかなかったのだ」

 沈鬱な顔で、ハムス・ヨーデンが説明する。

「……まあ、今回はその辺、きっちりやるさ。当時はこの地に、加護を与えられるような教会がなかったのだろうが、今は教会があるからな。聖水や護符に、加護を授かった武具をしっかり準備して行けば、問題ない」

 ギルドマスターが請け負う。

「しかし、さすがエルフ。長命種だけあって、そういったこともよく気づく」

 フィリアの神経に、またカチンと来た。

「だからっ、私はそんな歳じゃありませんっ! アンデッドの馬車が役割を終えたら崩れ落ちたっていう話を聞いて、難しい魔法だからネクロマンシーが得意な魔術師なのかな、って考えただけです。エルフをそんな過去の遺物みたいに言わないでくださいっ!」

「あ、ああ、すまない……」

 ギルドマスターが、たじたじとなって謝る。

 ――まったく。

 どうして人って、エルフと見れば「長命種だから何でも知っている」「長命種だからいろいろ経験している」と、長命種のアドバンテージだけを理由にしたがるのだろう。まるで歳を取ってないと、何にも取り柄がないみたいじゃない!

 へそを曲げてしまったフィリアだが、その時メイドが運んできたティーセットのお茶を飲んで、驚いた。

「おいしい……!」

「お気に召したようで、光栄です」

 今まで、いろいろ指摘を受けていただけに、へそを曲げられて困っていたらしいハムス・ヨーデンが、フィリアの機嫌が直ったのを見て、ほっとした表情を浮かべた。

「よければ討伐の後、茶葉をお分けしますよ。お持ちください」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 そう言いながらフィリアは、一緒に出されたクッキーをつまんで、さらに機嫌を良くした。実に美味しい。

「……まあ、現在は、アンデッドの対策は取れる。問題はあとどれだけ我々の手勢を増やせるか、だな」

 嬉々としてお茶とお茶菓子をつまんでいるフィリアを見て、ギルドマスターもほっとして話を続ける。

「うむ、残念ながら、希望者は多くない」

 当然だろう。黒魔術師など、たとえ冒険者であっても、一生関わりたくない。

「今のところ、戦闘可能な者が、私含めて五人、あとは牧師、シーフなどですか」

 ギルドマスターの報告に、ハムス・ヨーデンが溜息をつく。

「費用を惜しむ気はないが……それ以前の問題だな」

 そこで、美味しいお茶とお茶菓子で大満足したフィリアが、話に戻ってきた。

「ふう……ああ、それからもう一つ」

「何かな、エルフ殿」

 ヨーデンが尋ねる。

「申し訳ないのですが、あのメッセージボックスの話、真に受けない方がいいですよ」

「え?」

 その場に居合わせた三人が、目を丸くする。

「知り合いに聞いたことがありますが、黒魔術師なんて、自分に得になることなら、ウソをつくなんて当たり前の連中だそうです」

 そういうと、満足そうにお茶を一口飲む。

「だから『あと十日』なんて念を押していましたが、それは十日後というのを印象づけるためでしょう。実際には、その前に行動を起こしても全くおかしくありません。何と言っても……」

 フィリアは、悪い笑みを浮かべた。

「呼吸をするようにウソをつくことに、何のためらいもない連中ですから」

 その言葉に、場に居合わせた三人は、顔面蒼白になった。

「――確かに。こっちの意表をついたら、向こうが有利になるからな。約束を守るいわれもない」

 剣士がうなずく。

「宣言を破ることに何の躊躇もないか。さすがエルフ。だてに」

 そう言いかけたギルドマスターを、ヨーデンが遮った。

「ご忠告感謝する。エルフ殿。それが分かれば、こちらが向こうの裏をかくぐらいのつもりで行こう。準備が出来次第、討伐隊を出発させる。ギルドマスター、いいかな?」

「至急、メンバーをとりまとめて準備させます」

 ギルドマスターがうなずく。

「では、私も準備に宿に戻って準備していいですか?」

 フィリアが席を立つ。

「おお、エルフ殿もご同行いただけるんですね」

 ハムス・ヨーデンが破顔する。

「もちろんです。乗りかかった船ですし、なにより……」

 宙を見上げる。

「古王国時代の城跡を見てみたいんです。なんと言っても、もうほとんど残っていない貴重な遺跡ですから!」

「は、はあ。わかりました。では存分に」

 場違いに、城のことでうっとりしているフィリアに気圧されて、ヨーデンがうなずく。

「あ、あと、すみません。その『エルフ殿』って呼び方、やめてください。私はただの一介の冒険者です。フィリア、でいいです。では」

 そう言ってフィリアは部屋を出た。



 フィリアが部屋を出たのを見送って、ヨーデンが額を押さえる。

「ギルドマスター」

「は、何でしょう、お館様」

「……あのエルフのお嬢さんに、年齢というか、寿命に関することを触れるのはやめたまえ。ややこしくなる」

「――すみません」

 身をすくめて謝罪するギルドマスター。

 溜息をついたヨーデンが、茶を一口飲む。

「向こうも悪気はないんだろう。だが、人間から見たらエルフは長命のイメージが強いし、確かに誉める時に長命を理由に誉めることが多かったのも事実だ」

 そういって、苦笑いした。

「あのエルフの娘さんは、お年頃なんだろうて」

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